COMIC CITY 大阪92 3号館Q29a新刊 「かいめら」
R-18・一部に女体化、暴力描写のシーンが含まれます
【達淳/A5/132P/1000円】―― でも、この美しい人が欲しい。 ――
達哉は抵抗もむなしく、ジョーカーに逆レイプをされる。
彼女は達哉が殺した「お姉ちゃん」こそ私と名乗る。
ジョーカーが部屋にやってきてから見るのは、子どものころの淫夢ばかりだった。
夢の中に現れる淳という少年は過去を隠す。嘘の笑顔で接する。
彼は心がつぎはぎだらけだった。
「魚」、「鳥」、「女」、本当の姿を達哉から隠す。
つぎはぎだらけの怪物、「かいめら」だった。
むき出しのコンクリートが退廃的な雰囲気をかもしだすスマルプリズン。そこではじめてジョーカーと出会った。ジョーカーは性別不明だった。しゃべれば男と女の声が同時に響き渡るような、機械で加工したような声を出す。体のラインぴったりの白い学ランに身を包んだその体は細く、見ようによれば、細身の男にも、スレンダーな体形の女性にも思える。しかし、怪人は怪人だった。その細い腕で、手首で、手のひらで人間とは思えない力で首を絞められ、のどの骨が潰れるギリギリの状態で、長身の達哉の体を持ち上げた。
そして、意識が薄れ行く達哉にこう言った。
「キミたちは……私を忘れてしまったの?あんなに楽しく遊んだ仲間なのに……あなたたちが殺してしまった私を?」
そう訴えられた時、背筋がゾクっとした。脳がフルスピードで記憶を検索しはじめた。その半透明な青のガラスの向こう、見えそうで見えない深淵の瞳に目を奪われる。しかし、検索の結果はゼロだった。
「そう……それならば、ゆっくり……じっくりと思い知らせてあげなければね?私が死んだときのようにじわじわと……炎にあぶられ、肉を焦がされるように……」
体をコンクリートの床にたたきつけられる。体が跳ね上がった。あまりの衝撃に呼吸が止まり、痛みが遅れて襲ってくる。その細身の腕での攻撃とは到底思えなかった。
「私はあなたたちのお姉ちゃん。夢を与えし者」
歪む視界でじっと、お姉ちゃんと名乗ったその女を見る。
「あなたは……そう……これからも私の邪魔をし続けるでしょう。みんなの理想の現実化を拒む、夢奪いし者よ……」
カッと血が上る……よくも自分がしてきたことを棚に上げてそんなことが言えるものだ……。栄吉の子分たち、街の人々……夢を奪われ、影人間にされた人たちを思う
「……どっちが……だよ……」
ジョーカーは、達哉の減らず口を笑った。
「勝手なわがままで、大切な人を殺したうえに、記憶の中でまで殺し、忘れた君に言われるとは思わなかったよ……」
◆――達哉の前に現れたのはジョーカーさまの正体は「お姉ちゃん」と名乗る女だった。
部屋に押しかけられ、逆レイプをされて呆然自失する達哉。
しかし、なぜかジョーカーが訪れたその夜に、ジョーカーにに似た幼い少年、「淳」の夢を見る。
ぼくはいらないこ ぼくはとうめい
ぼくはどこにもいない ここはうそのせかい
野鳥図鑑をぎゅっと抱きしめる。達哉のにおいが少しでもしないかなと思う。パパがママと戦わないからママが離れていくんだ。ママがパパを愛さないから僕はいらない子になるんだ……。きっと僕は淘汰されてしまうんだ。
達哉、こわいよ……たすけて……僕を見つめてくれるのは
君だけなんだ……
野鳥図鑑のページをめくっていると、ワシのページがすぐにでてきた。達哉は本の扱いが少し乱暴だから……と困った顔をする。震えながら、ほほえむ。大きく翼を広げ、空へと飛び立つオオワシの写真を見る。
達哉は僕と違って幸せなのだろう。だからあんな笑顔ができるんだ。きっとこの母親の羽の下から頭をのぞかせる雛のように。パパがいて、ママがいて、毎日お迎えに来てくれるお兄さんがいて。皆から愛されて太陽のように笑うんだ。
僕は達哉にあこがれる。達哉はワシにあこがれる。だから、僕はそんな達哉のためのつがいになりたい。そうして、いつか達哉は本能的に僕だけを必要とするようになるといい。ぼくの笑顔は偽物の笑顔。飾りの笑顔。君をだますための擬態なんだよ。そうだ。僕は君が欲しいんだ。擬態し、近づき、その輝かしさを少しでも取り込もうとするんだ。
「……ぼくを必要だと言って。達哉……」
静かな部屋の中、いつのまにか図鑑を枕に寝てしまった。
たぶん、これは夢の中……お父さんが水槽を買ってきてくれた時の夢、幸せだった時の夢。一緒に底に砂をしき、半分くらいまで水を張って水草を入れる。パパは空気でふくらん
だビニール袋を持ち上げる。
「これが新しい家族だよ」
キラキラ光る水とともに水槽の中、新しい世界に滑り落ちていく宝石のような魚たち。
「ネオンソードテール、それがこの魚の名前だよ」
「ねおんそーどてーる……」
水槽に泳ぐ魚は優雅に水の中をひるがえる。鱗が光を跳ね
返して虹色に光る。夢中になって泳ぎ始めた十数匹を目で追っていると、パパが肩に手をおいた。
「この魚のオスはね、まるで剣を腰に刺したようなヒレが生えているから、ソードテールという名前が付けられたんだ」
僕は首を傾げる。さっきからずっと観察していたけれど、どの魚にもそんなヒレがついているようには見えなかった。どれもこれも、金魚みたいにみえる。
「よぉーく覚えておくんだよ淳。この魚はね、おもしろい性質を持っているんだ。ここにいるのは全てメス。だけれど二ヶ月くらいたつと、一番大きな魚がオスに変わるんだよ。長いヒレが生えて、このふっくらしたおなかも縮んでいくんだ」
思わずびっくりしてパパの方を振り向いた。
「えっ!?メスがオスに変わっちゃうの?」
「魚には珍しいことじゃないらしい。どうだい?おもしろい
だろう?観察日記をつけてみるといいかもしれないね」
◆―― その少年は嘘をついて暮らしていた。嘘の笑顔を張りつかせ、仮面を被り、
自らは汚らわしい人間ではなく「鳥」だと「魚」だと…… ――◆
淳は家族がいない。大きなお屋敷に一人ぼっちだ。兄ちゃ
んは悲しげな表情で、小さな淳が大きく影を落とすお屋敷へと走っていく姿を見ていた。玄関をあけて、こちらの姿が見えなくなるまで、見送ってくれるのだ。達哉が手を振ると、淳も手を振ってくれた。
「きっと、寂しいんだろうな、すがらずにはいられないほど」
眼鏡をクイっと上げると、兄ちゃんは再び俺の手をひいて歩き出した。もう、淳の姿は玄関の扉の向こうに消えた。なのに、家に明かりは灯らない。俺はいつもそれが不思議だった。ずっとずっと暗闇なのが当たり前の家、明かりがついたところを見たことのない家。
「達哉と淳君は友達だな」
「うん!」
俺がすぐにそう答えると、兄ちゃんは悲しげにほほえむ。
「だから、友達の領域を越えるようなことをしてはいけないよ。どんどんお互いに踏みこみすぎると、二人とも離れられなくなってしまうぞ」
「ともだちの、リョーイキ?」
「達哉も淳君も別の人間だ。別々に家族もいるし、環境も
ある。信頼し合っているからこそ、一歩置くべきじゃないかと思う……責任が取れない範囲まで深入りはいけない……」
「お、オレと淳、ちゃ、ちゃんとリョーイキ守ってる!」
兄ちゃんが全部言い終わる前に達哉は兄ちゃんの膝の裏を蹴りあげる。まさか、関係のない兄ちゃんにそんなことを言われるとは思わなくて、妙に悔しく感じたのだ。兄ちゃんが膝を抱えて呻いた隙に、達哉は一人で家へと駆けていった。
◆―― 夢の中の達哉は、淳のことを愛していた。
幼いながらに何度も体を重ねあう。
しかし、それは淳の心を傷つける行為だとは知らなかった。 ――◆
「やだぁ……子ども……ほしい……」
ふとももに挟まれていた時よりも強く締め上げられ、もっと淳の体温を感じた。波打つやわらかな肉壁が、はじめての快感を達哉に与えた。淳はぎこちなく体を持ち上げ、ゆっくりとおろす。そうするたびに淳が歯を食いしばった。
「淳のなか、すごくあったかい……」
淳の頭を引き寄せ、涙を啜りたい。その苦痛さえ忘れてしまえるように、淳の大好きなキスをしてあげたい。
「んっく……うれしい……ぼく……達哉に……女の子にしてもらうの……」
最初はぎこちなかったけど、だんだんと動きがスムーズになり、しぼりとられるような動きに声を上げた。だんだんと気持ちよくなり、頭がぽぉっとする。不安そうな淳に、大丈夫だよと、組み合わせた指で、手の平で伝える。
「……淳っ……淳のなかっ……きもち……いいよっ……」
淳の方を見る達哉の表情が変わっていく。目はとろりと潤み、頬を真っ赤にして自分の体の上でうごく淳の体に魅入っている。
「ぼくのこと、見ててね……ずっとずっと……」
淳は勃った自分のものをぎゅっと握り締める。
「達哉がぼくをほしいって言ってくれるから……勇気を
……くれたから……がんばるよ……」
淳がぎこちなく笑いながら、ズボンのポケットからバタフライナイフを取り出す。俺は快楽にぼやけた視界で淳を見上げる。社の扉から差し込むその光が、後光のように淳を美しく包み込む。
淳は腰を降ろし、深く達哉のものを体に埋め込むと、勃起した淳のものにナイフを当てた。プツリと皮が切れ、血があふれ出た時、ようやく思考が目覚め、淳が何をしようとしているのかに気づいた。
「淳……!なにしてんだよぉ!」
頭の中で淳が死ぬと思った瞬間、衝動的に体を押し倒して、動けないように床に押さえつける。
「ひっ……はぁ……ひぃ……何やってんだよ……なに……やってんだよ淳……」
「ぼく、女の子になるの……そうすれば達哉といっしょにいれる……よ?ウエディングドレスだって……着れる……」
かわいらしくほほえむ淳に俺は怒鳴る。
「そんなことしたら……痛いじゃすまないよ!」
暴力的な表情を見せる達哉に淳はすくんだけれど、笑顔は消えない。目を細めてじっと達哉を見てほほを赤らめた。
「だ、だいじょうぶだよ。だってね、コレ、もういらないものだから……」
そういって血がにじむものを淳が握る。泣きそうになりながら、片方の手でナイフを探す。
「達哉は、心配しすぎだよ……」
淳のシャツをぎゅっと握りしめ、俺は脳が沸騰しそうになった。怒りが支配していた。淳は死を選ぶほどに俺と離れたいのかと。血で濡れた穴に、今度は達哉から突き込んだ。
「いぎっ……!」
淳がナイフを探す手を止めた。
「これで満足しろよ……なぁ……淳はもう十分女の子だって……ほら……ほらぁ!」
もう拒絶するのを止めにしよう。離れようとすることを
やめにしよう。俺はおまえの言うとおり動くから……淳がそれで満足するならそうするから……。
◆―― やがては依存が依存を呼び、達哉の心にも「かいめら」が目覚める。 ――◆
「えぇ。見つかるはずもないところにいたんです。でも、あの人物が私の息子だという確証がなくて……息子は……いえ、彼女は私のことをすっかり忘れているようですから……」
この有能な探偵でも息子を見つけることができずにいる
し、息子と夫しか知らなかったウエディングドレスを彼女が持っていたり、息子と夫がかわいがっていたネオンソードテールを飼っていたり……。おぼろげな証拠ならそろっていた。ジョーカーが息子の淳なのだ。
なのに彼女は純子が自分の母親だとわからない様子だった。仮面を外して接しても、愛情も憎しみもぶつけなかった。それは仮面党の頭領として接しているからだろうか?
そのうえ、息子は女性に変わっていた。でも、十歳も若返ったり、信じられないような幸福に何度も遭遇したり……何でも願いを叶える力があるのなら、男を女に変える……なんていうこともできるのだろう。
自分勝手に生きた人生だった。つまらない主婦としての生活に愛想を尽かし、きらびやかな世界に飛出し、愛する人と生きる人生を手に入れた。そう思っていたけれど、目の前に彼女が現れた時、純子は自然と、懺悔したいと心から願った。傷だらけでボロボロで……かわいそうに、と思った。守りたいと思った。知らぬ間に、母親にかえっていた。
「あの、もう少し、もう少しだけ息子を探してください。見つからなければそれでいいんです」
探偵はため息をついた。
「母親とは、業の深い生き物だな……子どもがいる限り、女には戻れんか……」
「えぇ……どれだけロクでもない母親でも……子どもを前にすると……不思議な感情が湧くんです……」
◆―― そしてジョーカーを息子ではないかと探る黒須純子。
ツギハギの物語はいくつものツギハギを重ねていく。
皆の心に潜む、シメールを暴き出しながら。 ――◆
お姉ちゃんが死んだと聞いた。達哉がお姉ちゃんを殺したと聞いた。でも、淳は闇から聞いた言葉を、あまりにも自然に受け止めた。
『嘘だとは疑わんのかね?』
不思議そうに闇は聞く。
「だって、達哉の中の暴力性というシメールを目覚めさせたのは僕なんだもの」
『ハハハ!人は皆、シメールを背負うか?』
ボードレールは言った。人は皆、心にシメール、怪物を背負っていると。
「君は僕のシメール、そうだろう?」
闇は興味深げに目を細める。
「君は僕に希望を与えてくれた。僕は、達哉の代わりに罪を償うことができる。僕がお姉ちゃんになるんだ。僕がお姉ちゃんの代わりに皆に希望を与えるんだ。そして、そして達哉を彼女の代わりに愛そう。そして、子をなすんだ」
例え罪を犯しても、この世のどこで達哉が生きてくれているならそれでいいと思う。淳は達哉で、達哉が淳だ。それならば、達哉が犯した罪は淳の罪。
淳は薄暗い希望をその瞳に焼き付ける。闇は言う。達哉が生きてまだこの世にいると。闇は教えてくれる。淳の理想がまだこの世に生きてそこにあることを。
ジョーカーは薄暗い視線を仮面の向こうからアクエリアスに送る。
「でも、残念だな。あなたは僕に永遠の若さと美貌を望んだ。あなたの最後の切り札はもう使われて残っていない。そうだろう?」
アクエリアスは泣いた。ジョーカーは仮面の下、そんなアクエリアスを無表情で見下していた。僕は、彼女のようにはならない。知らない女なのに、なぜかそう思った。
ツギハギでボロボロで、どうしようもない素顔だと思っていたのに、この愛しい人は美しい顔であるジョーカーの仮面を無理矢理引きはがす権利を、自分の命を賭けてまで手に入れようとした。この人がそれほどに素顔を求めるのなら、それはそれでいい。強引なほどに、爪や牙を突き立てるほどに自分を求めてくれるなら、悪い気はしない。
「僕は後悔しないよ。君が後をついてきてくれるなら……」
例え、自分のために愛しい人を殺した人だとしても。
「ねぇ、達哉……いつかは、いつかは一つになろうよ。
たとえ子をなさなくてもいい、僕たちはつがいでいようよ……」
「当たり前だろう」
ぎゅっと手を握りあう。
これは狂気の物語。二匹のつぎはぎ、シメールの物語。
これは二匹の「かいめら」の物語。