ニューロフォリア 晴れ間のお話
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晴れ間のお話

ドリフターズにハマりました!!
もう本当にいろいろやばいやばい。本当にやばい。
何がやばいって何もかもが好みすぎてやばい。

前々からヘルシングおもしろそーだなーって横目で見てたんですけど、
もう完結してるし、いつだって見られるしぃつって放置している間に
ドリフターズが出て……その力強い豊久の表紙に惹かれるも、
ほ、他に読みたいのあるしぃ?って放置して忘れていたころ……
ながのさんが与一かわいいかわいい言い出しまして、
ド、ド、ドリフターズのやつかぁ!!
あのショタの大御所が描いたりしてる……
あんのかわいい子かぁあああ!!??って発狂。
(ええ、私、男の娘やショタが大好物ですとも!!)

止めるどころか背中押してくれる人まで現れて
そのままごろりごろりと下りの与一坂。
とよいち沼にハマってズブズブ沈む一方。

薩隅方言のお勉強もさほどしていないので、まだまだ豊久のしゃべり方も甘いし、
武士のお勉強も足りていないのでその魂を描けてはいませんが、
これからもがんばって、いい「とよいち」書いていけたらなぁと思います。
こんだけ萌えに萌えたのは達淳以来……。
勉強することも山積みで……長い長い旅になりそうだなぁと思います……。
ハマるのこんな底なし沼ジャンルばっかじゃん!!バカバカバカァ!!!www

……では、長々と前置きすいませんでした。
とよいち第一弾、「晴れ間のお話」
さざめく木々の葉は緑色。
太陽に透かされほどよく黄色混じり。
高い木の枝にこしかけて青空を見あげる少年は、
故郷を思い出しながらそのしっかとした指に葉を摘む。

「このくらいのやわらかさならできるかも」

木漏れ日は少年の着ている飾り気のない藍色の着物を照らした。
その肌は川原の丸くてつやつやの白い石のようになめらかで、
陽の光に照らされればぴかぴかと光った。

指先で葉の中央部をちぎり、その薄紅のくちびるに
押しつけるように、二本の指をそっとあてがう。

息を吹けば旋律。
母が歌ってくれた子守歌。

「ね、ね、小鳥かな?すごいね、歌になってるね?」
「バカだなぁ、ちがうにきまってんだろ?
 どっかにだれかがいるんだって!」

落ち着かぬ様子の子どもたちがバタバタとやってきた。

「パパやママにしらせたほうがいい?敵だったらこわいよ……」
「だいじょうぶだって!こわいんなら戻ってろよ!」

高い木の上、足を揺らしながら吹きつづけていると
少年の座る根本に長い耳をすましたエルフの子らが音の源を
みつけようと、駆け回っていた。

「ニヒヒッ!」

ぶんぶんと強く足を振って枝を揺らし、
その反動を使ってバッと宙を飛ぶ。
一つに結った長い黒髪で軌道を描き、
しなやかな体をくるりと猫のように回転させ、
駆け回る子どもたちの目の前に両手を広げてストンと降りる。

「ギャッ!」

さっきまで強気でいた少年が、弟の背中に隠れた。
イタズラの大成功に少年はうれしそうにニヤリと笑う。

「に、兄ちゃん……与一さんじゃないか……」

あきれた弟がはずかしそうに呼びかけた。

「与一さん、さっきここでふしぎな音楽が聞こえてきたんだよ!
 ぼくたち、どこから聞こえるのかさがしてたんだ!」

兄ちゃんはあわてて弟の横に立って、説明をはじめた。

「どんな音?」
「笛みたいだけど……ちょっと違う?」
「どんな曲?」
「なんだかちょっとさみしそうなの……」

与一はくちびるに手を当ててクスリと笑う。

「目、閉じてて」

突然の命令だったけど、与一を信頼している子どもたちは目を閉じた。
すると、子どもたちのピンと張った大きな耳に、先ほど聞いた
ふしぎな音色が聞こえてきた。
兄ちゃんはそっと目を開ける。

「あっ!与一さんなんじゃないかぁ!」

くちびるに当てた草を得意げに吹いて子守歌を奏でながら
与一はいたずらっぽく片目を閉じて見せた。
律儀にしっかりと目を閉じていた弟も
兄の声に驚いてぱっちりと目を開いた。
そして、目の前で長い黒髪を揺らしながら、得意げに
草笛を吹く与一をみて、弟は笑いながらいう。

「なぁにそれ、やりたい!やりたい!」
「そうか、やりたいのか」

与一はニヒッと笑いながら演奏をやめる。

「僕の特訓はキビシーぞ?」

その後、木がまるまる一本ハゲてしまうのではないかと
いうくらい葉をちぎり、兄弟と三人で草笛の特訓をしていると
数少ないエルフ村の子どもたちが集まり、演奏会になった。
上達が早い子もいれば、遅い子もいる。
おのおのが音色を奏でてしっちゃかめっちゃかだった。

決して一つの旋律になりはしなかったが、笑い声であふれかえった。

「そっか……なーんか足りないと思ったらこれか……」

与一は子どもたちを帰した後、
先ほどまで笛に生まれ変わっていた葉っぱを一つもてあそぶ。
たっぷりと吹かれてすっかりくたびれたそれを
川の水に流しながら思う。

「……でも、こんなのって必要ないよね」

きっと豊久にも信長にも笑われる。

ずっと一緒に歩いてきてわかる価値観の相違。
豊久と信長は生きた時代がたった十八年しか違わぬというのに、
与一が生きた時代は信長のそこからさらに四百年前だった。
四百年の隔たりはとても大きい。
価値観があまりに違いすぎる。
二人は自由だ。与一は不自由だ。

川面にすべるように流されていく笛は……。
誰にもその存在意義を知られない。

   2

豊久の突然の決断により決行されたドワーフ解放の戦いは終わり、
与一はずっと惚けたような顔をしていた。
エルフたちが弓の弦を引き、静かに矢を放ち、
板を貫くすさまじい音が響きわたるのをぼうっと聞いていた。
しかし、教官として気を抜いてはいない。
弓の張り、矢の軌道、音を聞き、的確に弱点を言い当てて見せた。

「はぁ、今日はボーッとできるかと思ったら、さすが与一さんだな」
「弓術の申し子のようだなぁ……」

エルフたちがおしゃべりをはじめると、すぐに叱責の声。

「与一さんの耳って本当に短いよな?」
「エルフみたいだな!」

男たちが笑っていると、与一はフンっと鼻を鳴らした。
彼らの腕っ節もだいぶ強くなってきた。
今なら矢さえ当たれば、勢いで敵の間接をはずすくらいの
芸当もできるかもしれない。

また与一の頭の中は妄想の世界へと浸る。

「もう、やらされば無か。こいは我らの戦いじゃ」

当たり前のようにさらっといってくれたあの言葉、
与一の耳にはずっと残っているようだ。
うれしくて仕方がなかった。

「ね、ね、僕さ、もう嫌なことはしなくていいんだよね?」
「き、聞き返すことじゃ無か」

さっきも豊久にあの言葉の意味をもう一度訪ねると、
恥ずかしそうに顔を赤らめて、さっさと
ドワーフたちの訓練へと逃げてしまったのだ。

「その芯の強さはすさまじいのに、照れ屋さんなのがおもしろいよね」

青空に似合わぬ稲妻のような怒号が向こうから聞こえてくる。

「でも、それでいいんだよね?」

訓練所にむやみに人が立ち入らぬように立てた柵にもたれながら、
ぼうっと頭に豊久の真剣な瞳を思い出す。

力のない自分のできることといえば残軍の後始末。
いつも与一は戦いながら思っていた。
嫌だ 嫌だと。
戦が嫌いな訳じゃない。

肉を斬りさく感覚は、滅多に味わえぬ快楽だ。
絶命しゆく命の雄叫び、生温かき血潮がぬるりと肌をすべる感触。
絶望を映した瞳は……戦場のたぎりにほほえむ、
美しき与一を映す鏡と変わる。

命を奪うは一瞬の快楽、だがしかしそれは至高。

ただ、与一はこちらに来るまで常に誰かに命令されて生きてきた。
武士は己の大将の元にいて、一族郎党の栄華のために戦うのだ。
いつもどこか、己の快楽の頂点は貫ききれない。
いつもどこか、満足したためしがない。
一瞬の快楽は必ずしも武家社会において功とはならぬのだ。

与一は一人だった。快楽を共有できる人間がここにはいない。

与一はこの戦に飽き飽きしていた。
まずは名乗りを上げて鏑矢を打つ、
合戦が始まるまでも手順があるまどろっこしさ。

親兄弟を出し抜いてでも功を上げるのに必死な武士たち。
いつもそれを一歩引いて見ていたのは……与一だった。
大将は欲の無い与一を先方には出さない。
身分の低い与一に任されるのは後片付けだ。
どれだけ与一ががんばったとしても、
与一の前にはまだ血族たる十の壁が立ちはだかっている。

「大口開けてボーっとしとると、鳥のフンでも食らっど?」

突然後ろからやってきた男に大きな手で
髪の毛をワシャワシャとなでくり回される。

「やめろー!乱暴に撫でたら乱れるだろ!」
「はっはっはっ!男のくせに、何ば気にしよる!」

アッハッハっと頭をバシバシ叩かれた。

「バカ豊ぉー!」
「フン。教官殿、お疲れ様です」
「……う、あ、ありがとう……」

与一は顔を真っ赤にした。
気持ちを軽くしてくれた張本人は、赤い陣羽織の豊久だ。

「っていうかくっさ!豊久、やばい臭いだよそれ!」
「さっきまで……玉薬作りの見学しとったからの……」

漂う糞尿のにおい。もうずっとアレらにつきあってきているのに、
臭いになれる日はいつまでたっても来ない。

「王になるんだから、もう少し身なりに気をつけなよ……」
「はぁ、じゃっどん、王にするとか信長が勝手に言うとる事よ。」

着物にもほら、いやぁなシミがついている。
袖を引っ張って見せてにらみつけると、豊久はウッと一歩引いた。

「んなこつ言うても、仕方なか。生きるに必要なことじゃ。
 一張羅気にしてなんになる」

与一はため息をついた。

「豊久も信長もそれでいいかもしんないけどさ、
 もうちょっと気を使ってやらないとエルフたちがかわいそうだよ」

目の前では男のエルフたちが弓を調整し、訓練に精を出していた。
彼らはそもそも自尊心の高い人々だ。
己が仕えるとなると、王の人となりだけでなく、
その身なりや容貌も気にするだろう。
それに、だ。彼らは本来、キレイ好きな人々だというのも、
付き合ってきてよくわかった。

「耳長たち、火薬当番の時は奥さんや恋人たちが
 寄ってこないって嘆いてるよ」

ヘヘッと与一が苦笑すると豊久も思わず吹き出した。

「まぁな。どげに必要なこつ言うても、俺も匂ぇが気にならん訳じゃ無か……
 臭いも汚れもひどいけぇ……じゃっどん……」

自分の着物をクンクンかいで頭を傾げる豊久はもう鼻がイカれて
自分の臭いか糞尿の臭いかの区別も付かなくなっているのだろう。
表情は崩れない。
与一はただ豊久をながめる。
この人が我らの大将であり、王になる人物。
今、与一が従うべき人だ。
でも、実際は豊久はその大役からのらりくらりと逃げている。
仕事としては信長がほとんどやっているだろう。
しかし、いざ戦になれば状況が変わってしまうのが……
豊久の不思議なところだ。

「なんか案でもあるんか?」

柵に大きな体を寄りかからせ、ギシときしませながら豊久は言う。

「あってもいわない」

その笑顔は言う。あるんじゃろ?策が、と。

「なして?言てもらわんば困る」

とても真剣な表情で豊久は与一をながめる。
豊久のそういうところがイヤだ。

「耳長の気持ちが一番わかっちょうのは、おめさんじゃ」
「……あ……」

真っ直ぐすぎて人の心の機微がわかっているのやらいないのやら。
本当は賢いくせに……自覚がないからバカにしか見えないのだ。
だんだんその真剣な視線に照れくさくなって、
ごまかすために柵に手をかけ、身を乗り出してエルフたちに檄を飛ばした。

「こらー!おしゃべりが多くなってるぞー!」
『イエッサー!ゲンジバンザイ!!』

エルフたちはビクッと背をただして大声で応える。
いそいそと矢を作るもの、弓を調整するもの、
さっと鍛練を積むために集中状態に戻るもの。
小さな体でも、化け物のような力を秘めた与一の声はよく響く。
少年のように見えて実は鋭いその言動。
エルフたちは美しい与一に尊敬をおいている。
そう、いまいちなめられてるのもきっと、
豊久と信長に美しさがないからだ!

「……豊久も信長も気づいてないかもしれないけど、
 みんな疲れてるよ。ちょっとくらい気を休めてもいいと思うんだ」
「なしてじゃ。うまい飯ば食うちょる、
 うまい酒も飲んじょる。よか寝床だってあるじゃろ」

やっぱりなーっとため息をつく。

「飯でも酒でもねっころがっても、満たされないものがあるんだなー」

そういって生意気な表情で、でも教えなーいという与一に
カチンときた豊久はフンッと力強く鼻息を吹き出す。

その時、女のエルフたちが洗濯物に向かうのか、
大きなかごを持って訓練所を通りかかる。
美しい声で笑いあいながら通る、女エルフの一団は
ちらりちらりと意中の相手に目配せしてみたり、
旦那に遠慮がちに手を振ってみたりしている。
そんな愛おしい女たちに思わず
訓練中の男エルフたちは手を止めてほほえみ、手を振った。

母親のまわりをちょろちょろと駆け回る子どもたちは
草を口に当てて草笛を吹き、笑いさざめいた。

「わかんない?」
「なんのことじゃ?」

与一は顔を真っ赤にしながら言う。

「……たとえば恋とか、歌とかだよ……」

豊久まで思わず顔を真っ赤にする。

「……あほか」
「……だから言いたくなかったんだよ!」

……戦バカ。そんなんじゃエルフたちの心は、離れていくぞ?
与一はひとりごちる。

   3

「鉱山の近くに温泉ってあるかな?」
「おんせんってなんじゃあ?」

熱と光を放つ溶鉱炉、熱は肌をヒリと焼き、
光は目をつぶそうとギラついた。
ガンガンと響く鉄を打つ音が耳の機能を奪う。
そんな状況には慣れっこな様子で、
黙々と作業する剛腕の職人、ドワーフたち。
与一よりも豊久の方がずいぶんと気が合っている人たちだ。

与一は別に彼の耳が遠いわけではないのに大声を張り上げながら、
現場の雑音で会話が成立しないドワーフと必死に会話する。
たまにはドワーフたちの工房も見てみようと見学していたのだが、
ふっと思いついたのだ。
しかし鈍感豊久や、戦にしか目がいかない信長たちに
言っても聞きはしないだろうから、与一直々にやるしかないのである。

ヒゲに覆われて老いも若きもみな同じ顔に見える、
小さな筋肉だるまのドワーフたち。
与一が見る限り、一番年を召していそうな彼を選んで話しかけた。

「温かい水がたまってる泉だよ!」
「おう!あれは温泉と言うのか!あるぞあるぞー!
 あれに入れば傷の治りも早いし、疲れた体も癒える!
 なんとも便利な泉だろう!」
「そうそう、それそれ!」

やっぱりな、と目を輝かせた。鉱山あるところに温泉あり。
抗夫たちならその恩恵をよく知ってるはずだ。
こりゃエルフたちだけじゃない。信長も喜んでくれるはずだ。

   ◇ ◇ ◇

「ああん?温泉だとぉ?」

信長は小指で耳をほじくりながら与一に聞き返す。

「そうそう!温泉があったんだ!」

だんだんと気の抜けた顔から悪い顔へと変わっていく。
これはしまったな、と与一は目を鋭くした。

「そうか、戦に使うほど採れずとも、
 先駆けて見本を作り、火薬の理解を広めることはできるな……」

温泉では少量でも硫黄が採れる可能性がある。
しかし、与一はそこを見てほしい訳じゃない。

「うつけーうつけー!温泉っちゃ硫黄だけじゃないでしょう!」

与一が腹立ち紛れに投げた石を片手でしかと受け止める。

「入るのか?敵がいつ襲ってくるかもしれんのに?
 豊のやつがいつ暴走するとも限らんのに?
 備えが大事なときにスッポンポンになるバカがあるか?ん?
 それとも露出魔かおまえは、それっぽいけどな。
 もちと胸を閉めろ見苦しい」

そういってシッシッと与一を追い払おうとしたが、
自分が言った言葉にハッとひらめいたような表情を浮かべる。

「……そうか、乳が見れるな……」
「そうそう、乳が見れる……ってそうじゃないでしょうが」

与一まで思わず豊満なオルミーヌの乳を想像してしまったではないか。
もう一個石を投げると、またぱしりと受け止められる。

「なんじゃ、今日の与一は気性が荒いにゃあ」
「進軍進軍じゃみんなが限界なんだよ!
 もっと外に出て現状を見てから考えてみろっつーの!
 最近机上の空論だぞー!この引きこもりー!」

本当に戦にしか目がいかないんだこの人は。
女たちが帰ってくれば、エルフたちがそわそわしないはずはない。
それに彼らはこれまで家畜扱いを受けていたのだ。
今こそようやく尊厳を取り戻そうとしている時だ。
安らぎがないままでは、彼らがあんまりにかわいそうだ。

鼻息荒く怒る与一を左目を見開いて、ニヤニヤ笑いながら見た。
乱れた長髪をワッサワッサと揺らし、そうかそうかとうなずいた。

「……皆に休憩が必要だというんだな?」
「心の、休養がね? せっかく久しぶりに奥さんや恋人と出会ったのに、
 訓練訓練また訓練!そんでもってまた戦!
 ……ってこれはまぁ、僕にも非があるけどさ!」

エルフたちは楽しんでいる。弓を操ることを。
その弦を引き絞り、的を射た時の快楽を。
彼らも弓に触れ、矢をつがえば、先祖と同じように尊厳を取り戻し、美しくほほえむ。
それは、エルフたちの体に流れる血のせいなのだろう。

「火薬当番で今日は、ほどよく時間もできたし
 久しぶりにゆっくり恋人と話そうか、と思ったら
 糞尿臭くてかなわんと総スカンだって嘆いてるよ」

ぷりぷり怒りながら、石をもう一つ投げる。

「わかったろー!戦バカ!エルフたちも温泉いれろー!
 ついでに信も入れ!うんこくさい!うん六天の魔王!」
「わかったわかった……いたいいたいってばぁ!」

温泉のある土地で見つけた、乾いた硫黄がこびりついた石。
信長は口が耳まで裂けそうに笑い、こりゃあいいとつぶやいた。

「しかし与一、おまえに耳長たちの指導役をまかせてよかったよ」

ニッと笑う信長の顔を見て、ぷりぷり怒りながらも、
与一は顔を真っ赤にした。

「……うつけー……」
「照れるな、照れるな!名教官!」

ガッハッハと信長が笑う。

「土産、しかと受け取った」

   3

「……く、臭い」
「あたたかい……」

しかし、エルフたちは喜ぶどころか、初めて目にする温泉を前に
ひどく不愉快な顔をした。
彼らは温泉というものを知らないようだった。
確かにここまでは彼らが住む森から炭坑までは距離があるし、
ドワーフがいるから近寄りたくないと考えていたんだろう。

「……この泉、ドワーフが使ってたんだよね?」
「あのドワーフの臭いと体温で水があったまったんじゃないの?」

まだドワーフたちに対しての不安感や差別を拭えないエルフが
ぼそぼそと話しては鼻で笑う。

「こらそこ!特別休憩のために、
 教官直々に最高の場所を用意したんだ、感謝したまえ!」

与一は鼻で笑ったエルフ一人一人を指さして怒る。

『はっ!あ、ありがたきしあわせ!ゲンジバンザイ!』

そんな与一の隣で突然ごそごそと服を脱ぎだしたのはハンニバルだった。

「お、おじいちゃんやる気だねぇ?」
「ばあさんは風呂にはいらんのかえ?」
「おじいちゃんや、ばあさんはもう少し働いてから行きますよ!」
「そうかそうか、残念じゃのぅ?」

老齢とはいえ、それほど衰えていない歴戦の築き上げた肉体をさらし、
バタバタと駆けだしていく。
エルフたちはまたあのボケじいさんは何をするんだとジト目で見守る。

「風呂じゃ風呂じゃー!久しぶりの風呂じゃあ……」

湯をバシャバシャとかぶり、恍惚とした表情を浮かべる。

「……こ、こりゃあ……い、いい温度じゃあ……」

そろそろと足の先をお湯につけ、ぶるりと震える。

「……外を眺めながら入る風呂かぁ!ローマ以上の贅沢だわい!」

そのままザブザブと中央まで入ると、ハンニバルはなんとも言えず、
気持ち良さげなため息をついた。

「はぁ……しかし、もう風呂にありつけることなんて
 ないと思っておった……」

あんまり気持ちよさそうにため息をついたり、
バシャバシャと顔を洗うハンニバルを見ていると、
ここ最近ろくに水浴びもできなかったエルフたちはそわそわしはじめた。

「おまえら、風呂はいいぞ……風呂はな……心のオアシスじゃ……
 全部さらけ出しての裸の付き合いも、たまにはいいもんじゃぞ?」

普段はボケた顔してむっちゃむっちゃと口を動かすだけの
老人の目が生き生きと輝いている。

「……お、俺、入っちゃおうかな……」

あの青年は火薬づくりに熱心なあまり、
己の体臭のすさまじさに気づかずに、久しぶりに会った恋人から
逢い引きを断られてしまったかわいそうなエルフだった。

「そうそう、思い切って入ってみなよ!」

これは好機と与一は青年の背中を押した。

「……ちゃんとキレイにすればぁ……
 彼女だってまた思い直してくれるよぉ?」
「……で、ですかね……」
「ですよぉっ!」

ニヒヒヒッとうれしそうに笑いながら言う与一に
ほほを赤らめながら青年はついに服を脱ぎだした。
確かになにかこの泉は臭うが……
ちゃぷりとお湯に足をつけ、ザブザブと中央へ歩き、
すっかりとろけきったハンニバルの隣に座った。

「……あ……な、なんだこれ……あ、あ……あぁ~……」

与一の厳しい訓練をくぐり抜けてきた肩の筋肉を、
温かな湯がじわりじわりとほぐしていく。
はじめての経験に青年は口を開けてぼんやりと宙を見た。
その青年の変化をまじまじと見ていたエルフたちは、
ついに辛抱ならんと競いあうように服を脱ぎだした。

『せ、せまい!』

エルフたちはギュウギュウにつまりながら温泉に入り、そう叫んだ。

「な、なにもいっぺんに入ることないじゃない」

与一が笑うと、エルフたちは裸になってなんだか気が楽になったのか、
アハハと笑い声をあげだした。

「ひひっ!今日はそれでガマンしてもらいましょっ!
 でも明日っからは当番制にしようねー」
『ありがとうございます教官!ゲンジバンザイ!』
「ゲンジバンザイ!」

次々に気持ちよさそうなため息をあげるエルフたちを眺めて
満足そうに与一はうなずいた。

「そうそう。裸のつきあいでさらに結託を強くするのです、ウンウン!」

とろけた表情のエルフを一緒くたにした温泉をよそに、
与一は一人駆けだした。

「お、与一どこ行く」

温泉があるときいて肩にさらの布をかけた豊久が歩いてきた。

「ドワーフどん、まだ作業が終わっとらん言うち、
 訓練の後、すぐ作業場に向かいおった……
 ものすごい体力ぞ……俺はへとへとじゃ……」

しかし、よほど楽しい訓練ができたのだろう、その表情は明るかった。
与一は、たまにふと見せるそんな豊久の笑顔が好きだった。

「残念ながら温泉はびっくりするほどギュウギュウづめだよん!
 もうちょっと後で行くといいかもね!」

ニッと笑って軽やかに駆けていく。

「なんじゃ、お主も忙しいか……温泉ば入らんのか……」

豊久はなんだか少しがっかりしたが、すぐにほほを赤らめた。
なにを言っているんだ自分はと思い直したのだ。
単に一人で温泉につかるのもつまらないから声を掛けたのに、
頭の中では与一の肌が見たいと望んでいる自分がいたのだ。

与一は止まって振り向いた。

「僕はもう一仕事してから入る!
 温泉もご飯もたーっぷり働いた後が最高じゃない?」
「それは同意じゃ……だどん……」

豊久の言葉を待たずに森の奥へ向かって駆けていく与一を見て、
温泉の方向を向き、しばらくポリポリとほほをかいたのち、ウンとうなずく。
与一が仕事をしているというのに、自分だけのんきに
温泉を楽しんでいる訳にもいかないだろう。

「あいつ、小さな体してよう働く……よかにせじゃ……」

豊久はほほを赤らめながら笑った。

そして、与一が駆け去っていった方向に足を向ける。
森の木々を抜けていく。
小柄な与一はぴょいぴょい木々の枝をわたり、
まるで猿のように森を抜けてしまった。
豊久はあまりの早さにハァ、とため息をついて見送る羽目になったが、
あわてることなくザワザワさわぐ草を草鞋を履いた足で
一歩一歩大地ごとふみつけ、のんびりと向かっていった。

やがて軽やかな女たちの笑い声が聞こえてきたものだから、
びっくりして足を止めた。
夢か幻か、森を抜けると突然、広い花畑が広がっていたのだ。
かぐわしい香りをクンとかぐ。
エルフの女たちと子どもたちが熱心に花冠を作っていた。
そのはじっこで与一は花冠をつくることに飽きた子どもたちに
草笛を教えていた。

「……こいは、なんじゃ……」

豊久は口をあんぐりあけて周囲を見回した。
とても戦場にあって見る光景じゃない。
しかし、女子どもの笑顔、その中心にいる与一を見ていると
なんだか……心が和らいだ気がした。
ほおにぽっと熱が点る。

子どもたちは熊のように大きな豊久が
のっそりのっそりやってくるとほほえみを浮かべて
与一の隣を開けてくれた。子どものやわらかな金髪を撫でつける。
そして、笑顔に囲まれながら、どっしりとそこに座り込む。

「よっこいせっ!……なんばしよっとね、与一」
「草笛を教えてたんだ。みんな喜んでくれるのはいいんだけど、
 いろんな葉っぱ持ってきてさー、これ吹けるかな?って聞いてくるんだ。
 けっこう大変だよ……くちびるパンパンにはれちゃうかも」
「それは大事じゃな!飯が食えんくなるど!」
「……ご、ご飯の問題なんだ?」

与一と豊久の会話に、子どもたちがキャッキャと笑う。
子どもたちは疲れた与一の代わりに今度は豊久に葉っぱをつきだした。

「漂流者なら吹けるよね!」
「……こ、こいは漂流者だからどーのと関係なかと!
 しかし、与一のくちびるば腫らすすのはしのびないからの……」

子どもたちがつきだした様々な形の葉っぱ、
豊久は刃のようにまっすぐな葉を受け取って、ちぎって吹いた。
青臭い草の香り、空気の振動。
花畑の空気が胸に染み渡る。やわらかく甘い……よい香り。
もう何十年ぶりに吹く草笛だろう。ふっとなつかしくなった。

「あはは!変な音!」

子どもたちがころころ笑う。

「せからしか!」

豊久もあっはっはと大笑いを始める。

草笛に飽きると、子どもたちは楽しそうに
花冠を結う母の元に向かって駆けだしていった。
残った二人はなんとなく肩を並べたまま、
じっとその家族むつましい光景を見ていた。
与一は鼻に手を当ててグズッと言わせる。

「子どもは白状だなぁ……飽きるのが早いんだから」
「ハッハ!スネるな、比べる相手が悪か!
 どんな人間も、おっかさぁには……かなわん!」

大きな手が、わっしと与一の頭をつかみ、
そのままワシャワシャとかきなでる。

「だーからこういうの止めてってばぁ!」
「与一、よう女子どもを笑顔にしたな。
 俺や信長ち、不器用なもんにはできんこっじゃ……」

そういって歯を剥いて笑う豊久の顔を見て、
与一はたちまち顔を赤くした。

「い、嫌なことはしなくていいって言われたからね」
「よか。好き勝手すればよか……ここには大将もなんもおらんち!
 で、次はなんばしよると?」

与一は目を輝かせた。

「豊久はこういうの、嫌じゃないんだ?」
「これも生きるのに必要なことじゃ……
 俺は……心の余裕ば無くしとったかもしれん」
「……うん……」

バカにされると思っていたから話すのがこわかったけど、
与一が思うよりも豊久の懐は、ずっとずっと深いのかもしれない。
思い切って飛び込んでみようかと思った。

「足りないものがあるって、ずーっと思ってたんだ」

膝の上に頬杖をついてエルフの親子をながめながら与一はほほえむ。

「ここには音楽が足りないって」

豊久はウン?と首を傾げ、しばらく顎に手を当てて考えてから言う。

「ふむ、やはりお主とは時代が違うなぁ。
 俺にはわからん世界じゃ……そげに音楽ば大事ね?
 敦盛は置き忘れち笛ば取りに行かんば直実と会わずにすんだに……」

与一は思わぬ名前を聞いて顔を上げた。

「あ、敦盛ってその……た、平の?」
「そうじゃ」

豊久は笑う。

「ほれ、信長ば宴で踊るち、人間五十年ち言って……」
「う、うん……」
「あれは敦盛を殺した直実が出家した後、詠ったものぞ」

与一の目がきらきらと輝く。

「すっごい!ズルい!何それ!僕たちの時代の詩、
 四百年後に残ってるの?ほかになんかあるの?
 そう、たとえばさ!兄さんのこととかさ!」

与一はずずいと豊久に近寄ると、膝に手をおいて揺さぶった。

「南無八幡大菩薩、我国の神明、日光権現、宇都宮、
 那須の湯泉大名神、願はくばあの扇の真ン中に射させてたばせ給へ」

 そう言って、豊久は突然ひどく真っ直ぐに遠くを見つめ、
 弓をつがえる仕草をしてみせる。

「っへ?」

 見えない矢は放たれる。

「鏑は海に入りければ、扇は空へぞあがりける。
 しばしは虚空にひらめきけるが、春風に一もみ二もみもまれて、
 海へさッとぞ散ったりける」

豊久は手をひらひらさせて言う。

「美しい表現じゃ、じゃろ?」
「……豊……」
「お主の時代の人間が詠わねば、こんな雅にはならんかったろう!
 主が温泉じゃ温泉じゃ言わねば思いださんかった!
 那須の湯泉大明神!」

また、頭をワシワシと撫でられたが、
与一は目に涙をためてイヤとは言わなかった。
ただ、ぎゅっと袴を握った手に力を込めた。

与一は、ずっと嫌だということができなかった。
本当は前線で戦いたいとも言えなかった。
何もかもが与一を抑えつけて……身動きできなくしていた。

あの時、わが身一つに那須家一同の今後をかけられ、
頭がイカれてしまいそうなほどに緊迫したあの瞬間が、
こんなにも美しい表現で四百年後にまで残っているなんて……
しかし、なんて人の気持ちを考えないんだろう詩人ってやつは。

「……温泉、入るか?顔、汚れちょる……」
「……うん……」

こういうときはね、そっと相手の涙を拭ってあげるものなの!
与一はそう言いたかったが、顔を赤くして
ただ真っ正面を見ている、そんな不器用な豊久を愛おしく思う。

「豊久ぁ……あ、あ、ありがとうね?」
「……ん」

豊久の笑顔は、与一の心にまた一つ深く刺さっていった。

   4

温泉にはもう誰もいなかった。

「……ドワーフどん、まだ仕事しちょるのか……」

豊久の顔があきれ顔になる。
城での今後を想像して与一は機嫌よくニヒッとほほえむ。
今頃男エルフたちは城へ帰り、驚いていることだろう。

「ね、豊久は気づいてたよね?エルフたちがだいぶ遠慮してたこと」
「遠慮?」

与一は帯を解きながらため息をつく。

「はぁ?本当に?どんだけ鈍感なんだよう。
 信だってそれを心配してたくらいなのにぃ」

森に隠れ、ちょっとの暇を見てエルフたちは愛を交わしていた。
しかし、村はすべて焼き付くされて、家財もなく
自分たちの生活の様子は周囲にだだ漏れだった。
せっかく妻や恋人が戻ってきても、手をつなぐのさえ遠慮していたのだ。
与一にはそんな遠慮がわかる気がした。
十人も兄が居ては内緒の恋なんてできるもんじゃない。
すぐに見つかってはからかわれたものだ。

帯が落ちて、着物の上着がはらりと開く。
豊久はごくりと唾を飲んだ。
与一の肌の白さは、きめ細やかさは
……どこか男の情欲を誘うものだった。

「だからほんの少しでもそういう気持ちが晴れるようにね、
 ちょっとだけお膳立てしてあげたんだ」

髪を結うていた紐をはずすと、風にふわりと長い髪が舞う。
ふんわりと、あの花畑の香りがした気がした。

一日だけの宴、温泉ですっかりキレイになった愛する人に、
かぐわしき花冠を贈って日頃の戦いをねぎらう。
女たちは、男たちのために何かをしてあげたかった。
待っているだけではつらかった。

「夜は特別に城の上の階を解放してね、子どもたちや
 僕らの目の届かないところでイチャイチャしていただくと……
 こういう計画なんだけど!にひひ!」
「……雅だのぅ……」

豊久は眉を寄せてうなった。やっぱりよくわからない。
でも、男の気持ちになればわかる。
たまにはこう……柔肌がほしくなる時がある。
確かに……与一の言うとおりだ。
飯や酒、ねっころがるだけでは晴らせない欲……というものがある。
じっとりした視線を受けても、与一は表情を変えない。
口には笑みさえ浮かぶ。

「どうして豊久は脱がないの?」
「ぬう」

ニヒヒッと上機嫌そうに笑って全裸になって髪を解き、
両手を広げて、はしゃぎながら温泉へと駆けていった。
長い黒髪がさらりさらりと流れるたびに見え隠れする
……柔腰に、小さな尻。
十九の男だというのに、後ろから見ればまるで小娘だ。

「ひゃっほーい!」

勢いよく温泉に飛び込んだ与一のせいで、
温泉の湯をかぶってびしょぬれになる。

「おのれぇ……知らぬぞ……」

少し乱暴に帯を解き、着物を脱いでいく。
与一相手に己のマラがおっ勃っているのがなさけない。
それを見られぬよう、背を向けながら帯を解いた。

この少年に対してこのような欲求を抱かないように、
と気をつけてきたつもりだ。
彼はこんなことがなければ出会うこともなかった不思議な縁、
尊敬すべき四百年前の武者なのだ。

そんな豊久の思いも知らずに、与一は楽しそうに
温泉の縁に両肘をついて、パチャパチャと
水面を足でたたきながら目を細めて豊久をながめていた。

与一は豊久がその見た目の割りに遠慮がちなのが気になっていた。
謙虚、大らか、男としてとか、そういう気持ちは分かるけれど……
豊久だってもっと、その功を労われるべきだと思っていた。

それに、与一は豊久よりも力も弱く、信長のように経験豊富でも、
知略や策謀に長けているわけでもない。
与一は、豊久に何もしてやることはできなかった。

結局ジルドレを倒したのは偶然の援軍。
鎖で首を絞められ、薄まる意識の中で己の無力さを思い知った。
自由に戦えばいいと声をかけ、与一の鎖を外してくれた
豊久に恩を返す機会はないかとうかがっていたが、
表情にも乏しい彼からは情報を得るのが難しかった。

そういう思いもあるが、傷を治療した時から、
今まで見たことがない男らしいその体に惚れていた。
極限まで戦いに特化されたような、たくましいその体、刻まれた歴戦の傷。
それはもう一種の芸術品といってよい。
公家ばかりの与一の時代には、なかなかいない種類の男だった。

「ああいうのを男っていうんだろうなー……」

しかし、豊久が振り向いたその瞬間、与一は固まった。
ここから見てもよくわかる、そそり勃ったその巨大なマラ。
それを隠しもせずに、ぶるぶる振るわせてのっしのっしとやってくる。

「は、はわわわ……はわわわわ……」

これがいわゆる殺人機械、いや、薩人機械なのだろう。
湯を浴びると、その大きな体が与一の隣に座り込んだ。
じゃぼんと派手に音をたて、波が与一の肌をたたく。
波で体が持ち上がり、お尻がふわりと浮き上がる。
ゆらゆら揺れながら、改めてその体格差や重量の違いを思い知る。

なんでだろう、豊久との相違を感じるほどに、胸がときめくのだ。

「つ、疲れマラじゃ……疲れとるからこうなっちょる」

恥ずかしそうに豊久は顔をバシャバシャと湯で洗う。

「う、うん……」

与一も恥ずかしそうにじっと湯をながめた。
肩を並べて湯に浸かる。
そう時間もたっていないのに二人とものぼせて真っ赤になっていた。

「しっかし……気持ちんよかぁ……」

豊久は赤くなった顔を風にさらすべく、空を見上げる。
さわやかな笑みを浮かべたその横顔を与一はそっと盗み見る。
まだ空は青いが、太陽は徐々に傾いている。
硬そうな黒髪、戦になれば狂奔の闇を宿すその瞳は、
今はおだやかな空を映していた。

夕方頃になればそろそろドワーフたちもいい加減仕事をやめるだろう。
この世界の人種というのは自分たちよりもさらに丈夫にできているらしい。
エルフの長命、ドワーフの頑丈さ。
なんだか自分の小ささを思い知ると同時に、この世界の広さを感じる。
家族はどうしているだろう?オルテとの戦はいつまたやってくる?
いろんなことが温泉に入ると、ぽやぽや揺らいで消えていく。
今はただ温泉を楽しんでいたい、ともう一度湯で顔を洗った。
ふっと与一と視線が合うと、少し気まずそうに視線を逸らした。
赤らんだ頬、しっとりと濡れたくちびる……
その白い肌に絡まり、湯に広がる黒髪は美しくも……淫ら。

ところが与一は緊張した面もちのまま、
ゆらゆらと湯に揺れる己の小太刀と、どっしりと座った豊久の斬馬刀を見比べていた。
その視線に気づいて豊久は咳払いをした。
まだ豊久のマラは言うことを聞かず、天をつく勢いだ。

「あ、えっとその……豊久の……おっきくてうらやましいなって……」

自分で何を言ったのか気づいて、与一は顔を真っ赤にして、
三角座りしていた膝をぐっと体に引き寄せた。

「お、お主も……もう少し年を重ねばこうなる……じゃけ、待てばよか!」

無駄に大声で言うものだから耳がキンキンした。
与一は豊久の緊張を湯づたいに感じた気がした。

「いやいやいや、僕のこれがそうはならんでしょう……」

もう何を言っているのかわからない。
恥ずかしくて豊久の顔が見れなかった。
もしかしなくても……豊久は自分をみてマラをおっ勃てているのだ。
どうしよう……どうしよう……と頭の中がぐるぐるする。

豊久も与一にどう言い訳したものかわからず混乱していた。
認めるわけにはいかない。与一に欲情してこうなっているんじゃない。
豊久は目の端に映る細い体を振り払うように、また空を見上げた。

「ずんばい、に、に、肉ば食えば……よか!」
「肉、食べたら……本当にそんなに大きくなる?」
「し、知らん……」
「……そ、そか……残念……だなぁ……」

そのまま二人とも顔を真っ赤にしたままうつむいた。
しばらくの沈黙でのぼせ上がりそうになった頃、
またちらちらと与一の視線が豊久の股間をながめはじめた。
豊久はあわてて足を閉じる。

「ね、それより豊久の疲れマラ、なおらないね」

与一はそっと豊久に近寄った。
ふわりと何やら……よい香りが……
さきほどの花畑の香りが与一にうつったのだろうか……

「な、なんを……」
「ね、見せて?さわらせて……」
「ぬ、ぬう……」

突然積極的にずいずいやってきた与一に豊久の頭は大混乱を始めた。

「後生だよ!後学のためにだよ!」
「なんを……なんを俺のマラなんぞから学ぶことがある!?」

水しぶき散らしてどんどん迫ってくる与一にあわてて
豊久はずんずん奥へと追いつめられる。
ついに腕をとらえられてぴっとりと与一の柔肌が吸いついてきた。

「男らしさってゆーの?そうなれた秘密をおしえてよ!」
「そ、そ、そげなもん……ここにはなか!」

腕にすりつくその肌の柔らかさ、ツンと勃った乳首がすりついた。
豊久はぶるりと震え上がった。
目が与一の肌をよく見ようと勝手に動く。
湯気の中、ふんわりと朱に染まった肌には、うっすらと汗をかいている。
こちらを見上げるその目は潤んで、何かをねだるよう。

「見れば見るほどさ、豊久って男前だよねー……
 薩州の男はみんなそうなの?いいなぁ……」

やわらかであったかい与一の手が豊久の腕の筋肉を
確かめるようにをなで、上を向いたままの豊久の喉仏が
ゴクリと上下したのを見ると、ふふっと笑う。

「ねぇ、さわるよ?いいよね?」

大男はついには観念して与一の指がツンっと先端をさわり、
つつっと這うと、しっかとマラをつかむのを感じた。

「……っ……!」

声を押し殺し、ゆっくりと顔を与一に向ける。
下を向いて、緊張でふるえる手でマラを撫で、一生懸命に見入っている。

「……こんな大きなマラ、見たことないや……」

透明の液体が鈴口でぷっくりと露をつくる。
与一は舌先を出して、ペロリとくちびるをなめた。
それを見た豊久はぶるりとふるえる。

「……ふあ……すごい……熱くてぶるぶるふるえてる……」

黒い陰毛を突き抜けて豪と勃つ肉の棒をそろそろとつかむ。
浮かぶ血管は力強く脈打ち、温泉でぬくもっているせいか、
それとも内側からこみ上げる熱か……
与一の手のひらに伝わってくるそれは、背筋をゾワリと震わせた。

「あっ……あっ?」

思わず我を忘れている自分に気づいてハッとする。

「と、豊……もうちょっと触って……いい?」

なんだか怖い表情になっている豊久の肉棒をぎゅっと力強く握り、
しゅっしゅっと擦りあげる。

マラに夢中で無防備なその背中には濡れた黒髪が貼り付き、
その突き出された白い尻をさらりと流れて温泉にひたる。
先端の滴を与一の指がすくう。
ツンと指先が触れただけで豊久は頭がどうにかなりそうだった。

「ちょ、調子に……乗りすぎじゃあ……与一ぃ……」
「……や、やだよ……もうちょっと……もうちょっとぉ……」

尻を振りながら与一は指に舌を絡ませて、ちゅるりと先走りをなめた。

「んっ……しょっぱぁい……」

先端からあふれでたもののせいか、温泉の湯が少しゆらぎ
プンと先ほどまでしなかった雄のにおいが漂ってくる。

「はっ……はっ……疲れ……マラなら……
 僕が……治して……あげる……から……」

湯に広がる黒髪、与一は妖艶な笑みを浮かべて
マラを包んだ手を動かす。

「こ、こら……も……やめ……」

豊久の声が震えている。
抵抗しようとしても、足にのしかかる与一のために動けない。

「豊のにおい……すごいね……
 ずっとずっと……溜まってたの……?」

与一のもう片方の手は自然と自分のマラを
つかんでしゅっしゅとしごきはじめる。
水面についたり、離れたり……淡い色をした乳首が
じれったい刺激を伝える。

「な、何ぬかす!!」

さすがに様子がおかしくなった与一に驚いてザバッと豊久が立ち上がる。
細い体ははじかれたようにパシャンと浅い温泉に腰をついた。

「……と……よぉ……」

豊久は必死に己の鼓動を沈めようとした。
このくらいすぐに沈められると腹に力を込めた。

「な、なにを小姓のまねごとばしとる!」
「……ん、んー!豊のバカァ!」
「そ、その豊という呼び方もやめい!
 ……さ、さっきまで豊久と呼んどっちゃろが!」

弱々しく四つん這いになり、艶やかな表情でこちらを
見上げる与一を見ると……こらえきれなくなる。
なぜか不機嫌になるのは与一の方だった。
こちらの方がよっぽど怒りたいのに

「これは、僕がやりたくてやっていることだから、
 豊に怒られる必要はないでしょ!」
「……う……」

酔っぱらいがするような座った目で怒鳴られて豊久は少しひるんだ。
確かにやりたいようにやるように言うたのは自分かも……しれない。
結局温泉に誘ったのも自分だ。
まさか与一がこんなマネをしてくるとは思いも寄らなかったが。

しっかりと筋肉のついた太い足にとりすがり、
白い蛇のように与一がのぼる。
そして赤い舌をつきだして白い指を絡ませてマラをささえ、呑み込んだ。
陰毛が顔につこうがお構いなしにのどを使い、根本まで咥えこみ、
ぐっぐと顔を動かした。

「うっ……っ……」

豊久は必死にこらえた。
思いの外この白蛇は上手にマラを咥え込む。
様子が気にかかって視線を下に送ると、
しっとりとした黒目がこちらを見上げていた。

「よ、与一……」
「んー……おぉ……」

与一が声を上げるとのどがキュッとしまり、豊久はうめいた。

「や、やっぱりイカン!」

その細くて壊れてしまいそうな肩を押し、与一を引きはがした。
ぬるりと大きなマラは鞘から抜かれ、ぶるりと揺れる。
そして、抜かれた瞬間に白濁をぶちまけ、
片目を隠すほど長い前髪に、そのまっすぐな鼻筋に、
薄く色づいたくちびるにひっかかり……ほこほこと湯気を立てた。

「ふあ……あ……すご……濃いにおい……」

与一はぶるぶる震えながら、その赤い舌で
ぺろりとくちびるについた白濁をなめた。

「豊……の……豊の……味……おいしい……よ?」

指についた白濁もちゅっちゅと音を立てて吸う。
豊久の頭にカッと血が上る。

「ま、まてまてまて!」

もう一度食らいつかれそうになってあわててひきはがす。

「なじぇお主そげに手慣れとる!?」
「十九の武者が一度も経験がないとお思いか?
 我々那須は美形の一族ぞ?」

顔に手を当てて、はぁ、とため息をつく。
完全に酔っぱらっているときの与一と同じだ。

「俺はこんなこと求めちょらん!」
「ウソツキ!」

そうやって与一をしかるものの、再びしっかりと捕まれたマラは
与一の手の中でまたむくむくと太く堅くなっていくのだった。

「お主は、俺に気をつかっちょるだけじゃ」
「ちがう!僕……僕……豊が好き……!」

与一は立ち上がり、ぎゅうっと豊久を抱きしめた。
与一の肌はしっとりしていて吸いつくよう。
それだけで豊久の暗い欲望をぐらつかせた。
細い腕が背中に回り込み、そのでこぼことした下から上へと
背筋をなぞるように撫でる。

「僕の、鎖を解いてくれた大事な人……もっとお礼……させて……」
「お礼なら……さっきので、よか……もう……これ以上は……」

豊久の体は震えていた。
与一を傷つけたくないのだ。

「僕がやだ!……ねぇ……
 豊ぉ……僕を……僕を抱いてよ……
 僕、豊を楽にしてあげたい……」

鳴くように与一は言う。なめらかな肩から腰にかけての繊細な線。
豊久の手はじょじょに与一の尻に向かう。

「ね、豊……君を癒したいんだ……君の心の奥にある……
 淀んだもの……全部受け止めてあげるから……」

与一の左手がぴとりと鎖骨にかかり、
ゆるゆるとすべるように胸板を撫でる。

「……よ……」

豊久は名前を呼びそうになった口を閉ざした。
そして、悲しそうな表情を浮かべた与一をゆっくりと温泉の
縁に座らせて、その尻をつかんで持ち上げ、その双房を割さいた。

「豊……豊ぉ……」

甘えるような声で鳴き、すがりつくような瞳でこちらを見つめる。
豊久も辛抱たまらなくなって、ゆっくりと指を滑らせて、
小さなすぼみ太い指でそろりとなぞった。

「ひぃ……じれったいよぉ……」
「くじるぞ」

グッと力強い指が胎内に入る。

「へあぁ……豊の指……あは……」

与一はドキドキしながら、薄い自分の体と豊久の筋骨隆々の
分厚い体の間で勃起した、二つのマラを見る。
指が奥へと入り込み、前立腺を探り当ててこりこりと押し上げたり、
尻穴を広げられて冷たい空気が入ってくると、プルプル震えながら
豊久のよりもずいぶん未熟な自分のマラが、とろとろと
滴をこぼすのをみた。

「豊……乗り気じゃないくせに……興奮……してる?」

与一はふふっとほほえむ。
与一が話すたびにかかる吐息はほんのり甘い香りにすら感じる。
頭をふらふらさせながら小さく、なんじゃ、と問う。
豊久の怒りが声にこもっている。いつもよりもずいぶん低い声。

「豊……のね、マラの先っちょから……先走りがね……
 ぷっくり顔を出してて……僕の……お尻いじるたびに、
 おっきくなって……今にも……こぼれ……落ちそう……」
「あ、あ、あほう!この酔っぱらいめ!さっきから、わいは何言ってんのかわかっちょるか!?」

思わず大声で叫んだ豊久の口の中に与一の指がするりと入る。

「もう、そんなおっきい声出したら……気付かれちゃうよ?
 わかったよぉ……豊が僕を犯したいって思ってたこと
 内緒にしとくから……」

ゆるりと腰を動かして、ぬっぷりと豊久の指をくわえ込み、
快楽にハァっと吐息した。するりと豊久の口から与一の指が抜け落ちた。
なんだかものすごく切ない気分になり、鳥肌が立った。

「お、お、思ってなど無か!」

与一のくちびるは笑い出したくてプルプル震えている。
あの戦場で豪の者っぷりを見せる豊久が
自分のせいでおしゃべりになっていることが楽しくて仕方がないのだ。

豊久は悔しそうな顔をしながら二本の指で
ぐぅっと与一の尻穴を広げる。

「や、やだ……そんなに広げたら……
 僕の中、誰かに見られちゃうよ……」

恥ずかしがった与一がしがみつくと、
小さくとも柔らかな胸がぐいと顔に押しつけられた。

「ややや、やめい!こんくらい広げんとお主がこわれる!」

かぐわしい香り、与一の汗のしょっぱさ……。
あんまりに美味しそうで、与一にばれないようにそっと、くちびるですする。

「へへへー……」

与一はゆっくりと豊久の頭をはなす。
するすると豊久の指が穴から外れ、双房をわっしとつかんで広げていく。
大きな体がぐいと与一の腰にせまり、大きな先端がグッと
押し入った瞬間、与一はゾッとした。

「……あっ……うそ……先端だけでこんなっ!?
 あっ……こ、こわれ……!」
「じゃけん……言うたろう……」

豊久は与一の小さな体を包み込むように抱きしめた。
体重をかけられてグググっと勢いよく腹を割いて中に押し込まれていく。

「ふぐぅ……ぐぅううう……」

食いしばった歯の間からほそぼそと息を吐く。
呼吸は外に出ず、うめきばかりが漏れた。
苦痛と快楽が入り交じり、与一は目を白黒させた。
与一の前立腺はグイと押しやられてびゅびゅうと白濁を飛ばす。
豊久の腹筋にかかり、とろりと線を描き、
温泉に飛び散った白濁がぷかりと浮かんだ。

「ひゃああ……裂けちゃう……腰……が……」
「……ゆっくり動かす……力を抜け……」

少し豊久の声が怒り混じりの気がした。
与一は少し悲しそうな顔をしながら、足を広げて力を抜いた。
豊久のするがままに体を揺さぶられた。

「ひった……ふぅ……ぐぅ……」

豊久の斬馬刀に突き上げられる度に、まるで絞り出されるように
与一の小太刀はびゅうびゅうと白濁を吹き出した。

「あはっ……豊の……豊の島津ちんぽぉ……
 うぅ……クセになりそ……ぉ……」

いつの間にか苦痛よりも快楽が勝ち、
与一はうれしそうに身をよじった。

「しゅごっしゅごいよぉ……!
 豊のおちんぽ……僕のおなかいっぱい……はぁああっ!」
「こ、声が大きい……」

口をふさぐと指をくちびるで咥えて、れろりとなめ、
ちゅっちゅと音を立てた。

「っく……」
「んはぁ……だぁめ……豊が……僕の名前……呼んでくれなきゃ……やだ……」

そういって体重を落とし、体全体で根本までずっぷりとくわえる。

「ふあぁ……豊久のぶっとい島津ちんぽ……しゅきぃ!」

与一は自分から腰を振りだした。

「お、お、大声だすなと!」
「ふぅ……うぅ……呼んで……ね……よい……ちって……」

豊久のほほを両手で挟み込む。
豊久の瞳は不安に揺れている。

「……っち……」

豊久は顔を赤らめ、もう汗だか湯気だかわからない滴をしたたらせ、
その目をぐらぐら揺らしながら言う。

「……よい……ち……」
「……と、よ……?」

与一はうっすらと笑みを浮かべ、首を傾げた。

「くそ……主はほんなこつっ!!
 も……もうどうなっても知らん!!」

グンっと激しく地面に腰を打ちつける。
名前を呼んだ瞬間、自分の中にあった何か大きな壁が崩れたような気がした。
あふれ出すのは愛しいという気持ち。

体の奥の奥にまで深く入り込む大きな肉棒、
小さな体を押しつぶすようにしながら、激しく豊久は動き出した。

あんまりに激しい衝撃に与一は目を見開き、大きな声であえいだ。

「あぁあああっ!いだ……うぅ……」

目を潤ませてぶるぶると震えながら、ぎゅっと目を閉じ、
痛みをこらえてふるふると震えるまぶたを開く。

「……す、すまん……与一……」

涙でかすんだ目にうっすらと浮かぶのは、申し訳なさそうな豊久の顔。

「い、いいよ……もっと名前……よんで……」

もう痛かろうがなんだろうが、豊久が好きで好きでたまらない。

「与一……」

しっかりと聞こえたそのたった一言で、
何もかもを許してあげられる気がした。

「……とよぉ……」

足でしっかと豊久の腰を抱き、その首を抱きしめた。

「よ、与一……よいち……」
「好きぃ……豊……とよぉ……」

近づいた顔、舌を出し、なめあう。
豊久の動きは遠慮がちになったが、
それでも与一には少し反動がきつかった。
それでもこの鬼神のような薩州生まれの男が愛しかった。

撫でるように体を抱き、深く押し込むように、
圧迫するように迫る体を受け止めた。
与一のマラは振動に暴れるように震え、白濁をまき散らす。
とろとろと流れ落ちるそれは、二人の体の摩擦をゆるめた。
ねちょねちょと音を立てて、熱い肌に引き延ばされる。

「あぁ……とよぉ……」

涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
痛みもあるが、胸がキュンキュンと締め付けられるようだ。
あの剛力の豊久が名前を呼んで、与一を求めている。

「よいち……よいちぃ……」

突然深々と根本まで突きこまれ、体の中に熱い爆発を感じた。
腹が膨れ上がり、たった一発の射精で小さな与一の体から精液があふれかえった。
二人の結合部からぶくぶくと泡を立ててこぼれ落ちる。

与一が目を覚ますと、豊久の腕の中だった。
激しく上下する豊久の胸に顔を埋める。
さっきまで鬼の金棒のようだった豊久のマラも
さすがに勢いを沈めている。
与一は役に立ったことがうれしくてホクホクした気持ちになり、
萎えたマラのさきっちょをツンツンっとつつく。

「えっへへへ……僕、豊のためにいっぱい働くからね……」

その濡れたほほを撫で、閉じた目蓋に口づけた。

「与一……俺は……おまえを……大事にしたいんじゃ……
 もう……これ以上は……」
「どうしたの?豊は……僕を大事にしてくれてるよ……?」

力強い腕がしかと与一の体を抱きしめる。

「大丈夫……僕は死なないよ……」

   5

なんとなく豊久の指を一本握り、ご機嫌な様子で横を歩く。
豊久はこっぱずかしかったが、しばらく痛がっていた
与一を思い出すと強くも言い出せない。
心の中でもう二度と間違いを起こすものかと歯を食いしばっていた。

「ねぇ、豊、僕の兄さんは十人いるんだ。
 末っ子ってかわいがられるっていうだろう?そんなのうそなんだ。
 さすがに十人越えると扱いもだいぶ雑だったんだよ」
「そ、そうけ……」

まだ声に申し訳なさがこもっているのを聞いて、
与一は、あははっと笑う。

「そう、家でも僕は所詮十の余りの一人でしかなくて、
 武者としても特に功はなかったし、しかも、
 源氏でも嫌われ者の義経様についたもんだから、
 余計に肩身が狭かった……」
「こら、大将をそげに言うもんでなか」

申し訳ないと思っているからか、少し饒舌に
与一の無駄話につきあってくれているのだ。

「もちろん僕、義経様に魅力を感じてついていった。
 だからそれは後悔はないよ。
 ただね、いっつも武者って何だろうって思ってた」

規律で縛り、上下関係を作りあげ親兄弟を問わず疑心の目にあふれ
憎ませあい、殺させあい……。

「だから、上下関係で抑えつけて自由を壊す戦が嫌いだった」

でも今、与一の王になった豊は笑って言ってくれたのだ。
俺たちの戦いをすればいいと。
この世界には上も下もないのだ、与一、信長、豊久がいて……
エルフたちがいて……ドワーフたちがいて……
皆が自分のために戦っている。これは我らの戦なのだ。。

「信や豊を見てるとうれしくなるんだ。
 武者ってすごくいいもんだったんだなって……
 二人はすごく自由でかっこいいよ」
「そうか……それはよか事じゃ!」

ようやく豊久が笑う。
眉尻をさげて、戦場で見るあの狂奔の瞳を思わせない、
青年らしいほほえみ。

「縛られて戦うのは……誰でもつらか……」
「うん」

あんなに嫌だった瞬間の歴史も、
四百年後には美しい言葉で飾られて美談になる。
それが豊久に伝わり……こうして豊久が与一をすくってくれた。
この運命に何一つ無駄はなかったんじゃないかって思える。

向かう先ではエルフの女たちが美しい花冠をかぶせた、
思い人とともに踊っていた。
城の中庭からは草笛の音と、えびらを叩くリズムと囃子声。
エルフ独特のリズムが、音楽があふれていた。

「ガーッハハハ!」

向こうからは信長の笑い声。
どうやらドワーフたちの酒盛りのようだ。
花冠をかぶったドワーフ二人が見つめあっているのも見かけた。
二人は顔を見合わせて笑う。

「城ば盗って皆喜んじょるな」
「うん、じゃあさ、国を盗ればどうなるんだろうね」

与一の言葉に、豊久のくちびるは笑みを浮かべ、
その結果を見晴らすように視線は真っ直ぐ、遙か先を見つめる。
そこに混じる死の色さえ、与一にとっては魅力としか映らない。
炎の中、嬉々として刀を振るうその鬼神のごとき姿ですら……。

ああ、あなたの武器になれたなら。
身命全て……この人に捧げ、共をしよう。

「そりゃあ、あれじゃ、もっともっと皆が喜ぶんじゃろ」
「そんな単純なものかなぁ?」
「わからん、それは実際に国ば盗って見るしか無か!」

そのおおざっぱな答え。与一は機嫌よく笑う。

「よかよか。与一ば手伝うよって!」

豊久はへたくそな与一の薩州言葉に、ンッと表情を変える。

「よかよか!」

二人は満面の笑顔を浮かべる。

「よかよかっ!」

エルフの女たちの真っ白な腕が伸びる。

与一の頭に花冠。豊久の頭にも花冠。
草笛の音に迎えられて開く、城の扉。
笑顔輝く酒宴の中央に迎え入れられ、
笑顔の海の中、二人はドッとわらう。

これは、ほんの一時の晴れ間のお話。

――終

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大幸妄太郎

Author:大幸妄太郎
ペル2(達淳)・ドリフターズ(とよいち)に
メロメロ多幸症の妄太郎です。女装・SMが好き。
ハッピーエンド主義者。
サークル名:ニューロフォリア
通販ページ:http://www.chalema.com/book/newrophoria/
メール:mohtaro_2ew6phoria★hotmail.co.jp
(★を@にかえてください!)

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