達淳エロなし掌編。
まだキスもはじめてな達淳。
僕は、初めて人から「好き」だって言われた。
それは、友情としての「好き」と、恋愛としての「好き」がない交ぜになったすごく繊細な好きだと思った。
でも、たとえどちらだったとしてもその相手は、とうてい僕を好きになるような人じゃない。だって、その人は小さいころからの僕のあこがれで、いつも遠くにいる、太陽のような人だったから。
そして何より、僕は彼を殺そうとしたのだから……。
何度も……何度も……
僕には、そんな資格ないよ……そういうつもりで……ほほえんだ。
なのに、彼は笑って僕を抱きしめたんだ。
「淳、好きだ……たとえおまえがどう思っていようとな……
俺は、おまえのそういうところが好きなんだ……」
そうなんだ……そもそも僕のジェスチャー……
いつもまともに意図が通じた試し、なかったんだなぁ。
◇
達哉って、本当に大変だよな……。
僕がつくづくそう思うようになったのは、周りの視線に気づいたからだった。
みんなといっしょに歩いている時はあまり気にならなかったのだけど、二人きりになると、周りの声が大きく聞こえるようになった気がする。
周防君かっこいいねとか、あれがセブンスのカリスマの?とか、……つ、連れの黒髪の子、かわいいよね、とか……も……あるけど……とりあえず、僕の耳に一番多く入ってくるのが、達哉に対する称賛で……。
恥ずかしいとか、くやしいとか、よくわからない感情が混ざり混ざって、達哉の袖を引く。
すると、達哉はだまって僕の手を握ってくれた。
映画を見に行った帰り、久しぶりにピーダイにでも行ってみる?と誘われた。僕も、あまりピーダイでご飯食べることないし、たまにはいいかな、と誘いに乗った。
いつもならみんなでワイワイしながら入っていく店内も、二人きりだとなんだか雰囲気が違って感じた。
ピーダイはいつだってにぎやかだし、僕たちを見る視線が多いことだって何一つ変わらないというのに。
「淳がよろこぶようなところじゃなくてごめんな」
日曜の夢崎区、お昼ご飯の時刻。同い年くらいの子たちが集まってガヤガヤしてる店内で、はぐれないようにと手を握る達哉の手のひらはあたたかい。
達哉は、僕をなにかと恋人として扱いたがった。最初は戸惑いもあったけど、ゆっくりと縮む距離、親友同士だったころにはない、あたたかさのこもった視線、達哉の僕を守りたいと思う気持ちが力強く伝わってくるほどに、僕は心地よいと感じるのだ。
お礼がしたいなと思っても、達哉は首を振る。ただ、僕が、自然とほほえむのがうれしいという。
「……いいよ、べつに!だって、萎縮してる達哉見てても楽しくないもの」
「なんだよ……い、萎縮なんてしてないし……」
「してるよ……」
ムキになる達哉がかわいい。そう、これくらい肩の抜けた達哉がいい。だけど、注文を待っている間にきこえる噂話やひそひそ声、遠慮のない視線にさらされて、イライラしているのが僕にでもわかった。
僕だってはじめてだ。こんなに遠慮ない視線をいろんな人からもらうのは……。きっと皆と一緒にいる頃から受けていたんだろうけど……その視線の先に僕がいること、こんなにマジマジと実感せずにすんだからだろう。
たまに、ふっと怖くなる。誰か一人でも、僕がジョーカーだって知っているんじゃないかって。
達哉は、僕のおびえを敏感に感じ取って、僕の肩を抱きしめた。周囲の視線は、積極的に僕に接する達哉の方へと向いていく。力強い腕におしやられたマフラーが、僕の口元まで上がってきた。なんだか少し、熱いな……。
(あれ、周防くんだよね?)
(デートなのかな……)
そのいらだちを表情に出さない達哉は、こんな無遠慮な視線に慣れているみたいだった。でも、体が接近して達哉のそわそわする様子が、よりいっそう伝わってくる。達哉だって、本当は苦手なんだ……。
なのに、達哉はこの視線をすべて自分に向けようとしている。
「淳……なんかすまんな」
ボソリと達哉がつぶやく。すごく低くて、不機嫌そうな声。
「ん……かまわないよ……僕、君といっしょにいれるだけで幸せなんだから……」
僕は、ほほえむ。達哉の表情が、少し明るくなる……。こういう時、単純だけど、僕も幸せになるのだ。達哉の役に立てている。それがうれしい。
いつからだろう。達哉とこうやって、寄り添いあうだけで胸が幸せで締め付けられそうになったのは。こんな気持ち、親友だったときにはきっとなかった。
(何あの子……周防くんによりかかって……)
(ジョーカーさま呪いってまだ有効だっけ!くすくすくす……)
(あの子、ジョーカーさまに周防くんとつりあうようにってお願いでもしたんじゃない?クールな周防くんがあんなにひっつくと思う?)
その声を聴いた瞬間、達哉の無表情がぴくりと動く。
「ダブルピースバーガーセット一つとチキンバーガーセット!飲み物はダブルがコーラで……」
達哉が体で僕を押して、答えをせかす。
「え、えっとチキンがホットの紅茶で……」
ちらっと達哉が僕の方を見ると、また店員さんの方を向いて言う。
「お持ち帰りで」
「承知いたした。しばしお待ちくだされ……」
深々と礼をして店員さんが厨房に向かって復唱する。
「な、中で食べないんだ……」
「うん」
達哉はただ頷くと、僕の肩をやさしくなでてくれた。まるで、安心しろというみたいに。なんだか顔がぽぉっとして、うつむいてしまう。
そのまま青葉公園まで行くぞ、と言われてピーダイの袋を持たされ、ポンポンっとタンデムを叩いて座るようにうながされた。バイクの上で大きく背伸びをする。大きな達哉の体は、もっと大きく見えた。
ざわめくピーダイから出た瞬間きいた、達哉の大きなため息が忘れられなくって、クスっと笑う。
抱えるようにして、ピーダイの袋を持ち、片方の手を達哉の腰に回す。おまえはこっち、と渡されたのはフルフェイス。達哉はハーフメットをかぶっている。
なんでこっちを渡すの?って聞いたら、淳の方が大事だから、なんて真顔で言う。
「気、使ってるの?」
「さぁね、俺、そんな器用じゃないと思うぜ」
「……かなぁ?」
ありがとう、達哉。君のやさしさ、ちゃんと伝わっているよ。
僕がほほえむと、達哉の顔はたちまち真っ赤になった。
◇
達哉ってば、あいかわらずバイクの運転が荒いものだからビュウビュウと強い風が吹き付ける。初めてのデートの時は、なんてスピード出すんだろうってこわくって、しょっちゅう叫んでいたけど、いいかげんに慣れてきた。こんな運転ばっかりしてて、よく事故らないものだ。ペルソナのおかげかな?
自慢のメッティーカットを乱れさせながら疾走する達哉を見て心配になる。本当にフルフェイスじゃなくてよかったのかな……。結構髪型、気にするくせに……。
乱暴なカーブにももう慣れた。いっしょに体を傾けると、達哉の背中が笑いでゆれる。
「やるな、淳?」
「達哉の足元、少しでもひっぱりたくないんだ」
そう言うとしばらく背中が固まったけど、また揺れに身を任せだした。おなかにあたる、ホットの紅茶が、ほんのりぬくかった。
◇
「……家でもよかったのに……」
フルフェイスメットをぬいで、ため息。整髪料と香水のにおい。達哉のにおい……好きだけど、これだけ濃密じゃあ息がつまっちゃいそう。
「せっかくのデートなんだし、外で食べようぜ!」
メットを受け取ると、達哉がいつもどおりにニっと笑う。少しだけ安心した。達哉は僕の手を握って公園の奥へ奥へと歩いていく。今日はとっても寒い。だから公園には犬の散歩や、日課でランニングする人たちくらいしか姿は見えない。元気な子どもたちも走り回っている。
僕たちはどんどん先へと進む。ほとんど人の寄り付かないスポットがあるのだ。そこを二人でよく利用していた。どんなに寒くても、二人でいれば暖かいし、家にいるより、晴れやかな青い空を見ている方が幸せだから。
冬だけど、おしゃべりな花たちは、色鮮やかな姿そのままだ。個性を主張しあい、僕たちがやってきても、おしゃべりはやまない。なんだか安心する。
「ここの花たちって、いつでもキレイだよね……」
「こいつら秋でもピンピンしてたし、本当元気だよな。いつになったら枯れるんだろう?」
「た、達哉!花たちに失礼だよ!」
達哉の憎まれ口は聞こえないのか、花たちはまだまだおしゃべりに夢中だった。
「ほんと、人間のことなんて興味がないんだね」
達哉のひどい悪口を知っている僕は、困った顔をして笑った。
花たちのおしゃべりを聞きながら、ベンチに座って、ピーダイの袋を開ける。おいしそうなファーストフード特有のにおいがあたりに広がり、僕はさすがに迷惑だったろうか、と花を見上げる。
けれど、その声は穏やかに、今日の天気はどうだ、明日は雨かもしれない、寒いね、お元気ですか?なんて言いあっている。本当、僕たちより高いところに植わっている彼?彼女たちは、僕たちのことなんて気にも留めていない。
「淳、好きだろここ」
「ん、まぁね……」
花とおしゃべりができるなんて、あこがれる世界。
でも、実際しゃべるようになってみれば、花たちはけっこう素っ気ない。同じ種族じゃなければ、僕の花壇の花たちも案外こんなものなのかも。そう思うと、少しだけ寂しいけど。
「うるさいの嫌いだけど、でもなんか、話し声があるほうが落ち着くよな」
「……うん……」
達哉は困ったような表情をして、澄んだ青空を見上げながらコーラをすする。そう、達哉は別に人嫌いじゃないものね。僕だってそうだ。
だけど、君も僕も、少しだけ周囲から浮いちゃう存在だから……。少しだけ人が苦手になってきているのかも。
「すまんな、淳」
紅茶で手を温めている僕の肩を抱いて、達哉が言う。
「俺のせいで、どこに行ってもゆっくりできないよな」
「……ううん?どうしたの?突然……」
ギュッと強く手を握られながら、僕は首を横に振る。
「達哉がそばにいてくれるなら、何も気にならないよ」
君のおかげ……心から、そう思っているよ。自然と口角があがる。
達哉は動きを止め、少し鼻息を荒くしながら、ベンチに飲みさしのコーラを置いた。顔を真っ赤にしてじぃっと僕を見ている。
時々、こうやって達哉はおかしな様子になる。はじめてこんな風になったとき、僕は男だよって主張するけど、そんなの関係ないよと力強くいわれた。一瞬、怒られたのかな?と思うくらいに。
「さ、冷めたらおいしく……なくなっちゃうよ……」
こういう雰囲気はちょっと苦手。ガサゴソと紙袋を鳴らしながらビッグピースバーガーを取り上げる。
「……はいっ!」
両手に乗せて、達哉に差し出すと、ぎこちなく僕の手から受け取った。僕の頼んだチキンバーガーの二倍はある。さすがビッグなんて名乗ってるだけあるなぁ……これ全部、達哉のおなかに入っちゃうんだよね……
「あ、ああああああありがとう……」
バイクで飛ばしてきたけど、まだほんのりあたたかいのは紅茶のおかげかもしれない。それとも、僕と達哉の体温かな?そんなことを考えると、なんだか恥ずかしくなるのはどうしてだろう。
しかし、そろそろ達哉も限界かもしれないな。普段はカッコいいとか、カリスマとか、そんな風に言われているけど……二人きりの時に僕に見せる顔はちょっと違う。
「達哉……だいじょうぶ?」
「だだだ、だいじょうぶ……うん……」
真っ赤になって震えだし、少々口調がどもりだす。本当に達哉、だいじょうぶかな……チキンバーガーを一口かじる。となりから、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。こちらにも緊張が伝わってきて、こちらまでそわそわしてしまうじゃないか……。
「た、達哉ってさ……僕の前じゃ……なんだかちょっとカリスマっぽくないよね……」
「だ、だいたいさ……俺、カリスマって言われるほどスゴい人間じゃないし……」
「……そうかなぁ……君はスゴいよ?戦えば強いし、リーダーシップだってあるし……」
「……や、やめろって……」
どうしてだろう。ほめてるのに達哉、不機嫌そうになってくる。
「淳と二人きりだと……俺も楽になりたいっていうかさ……」
達哉がいごこち悪そうにもじもじする。手の中のビッグバーガーが握られて変形してる。
「……じゃあ、僕の前で見せる君が、本当の僕なの?」
「……イヤか?」
僕は首を横に振る。
「ほ、本当の俺を知ってるのは仮面党の仲間だけでいい!」
クール、一匹狼、万能、ケンカが強い……
ジョーカーだったときから、君の噂、たくさん聞いてきた。そして、そのころの僕は、そんな君の噂を聞くたびに、唇をかみしめた。
「……淳までまきぞえをくう必要はない……」
ピーダイで、君は自分のことをどう言われようと気にしなかった。でも、達哉は僕のことを言われて怒ってくれた。僕のこと守ろうとしてくれたんだよね。
「ねぇ、達哉……」
ただ、君がもう少し、ほかの場所でも気楽でいられたらいいなって思うだけだ。強がるのはしんどいもの。
「ありがとう。でも、僕、ほこらしいよ。達哉はそれだけ周りの人から注目を受けてるんだもの。そんな人が僕のそばにいること選んでくれたなんて、身に余る光栄だよ」
自然と笑みが漏れる。本当に、心から君が輝いて見えるから。
だから、君に注目してしまう人の気持ちも、わからなくないんだ。
達哉の顔が真っ赤になった。ビッグピースバーガーをあわててガツガツ食べだした。
「……淳の方が……よっぽどスゴいのにな……」
小さくそう聞こえた。食べる手を止める。
「……勝手にあーだこーだ押しつけられて、しんどいんだ……」
「……そうだね、僕も噂の影響に振り回された時期あったけど、息苦しくて仕方なかったなー……」
『仮面党はテロリスト』『ジョーカーさまは天使のような方』善意も悪意もすべて噂の元へと恐ろしい力を差し向ける。そして、次第に本当の自分ってどんなだっけ……と思い出せなくなってくる。
達哉の表情がくもってきた。
「スマンな……俺たちが仮面党の情報を表に出したから……淳は……噂で人格が塗り替えられるような、ひどい目にあったんだもんな……」
「……まさか君、全部噂のせいだと思ってる?」
僕のそんな姿見て、君はそういう風に思ってしまったのかな……
「そうなんじゃないのか?……もう、昔のことなんて覚えてないし……」
食べかけのビッグピースバーガーをおいて、空を見上げる。
僕は、左腕の宝物に手をふれる。
「……僕は、覚えているよ……元気で、たくましくて、やさしくて……小さなレッドイーグルそのものだった君を……」
スンっと鼻をならす音が聞こえた。
「……じゅ、淳が言うなら……そうなのかな……」
「……でも、少し噂、盛りすぎかな?とは思うけど……」
僕がそういうと、達哉が笑った。
「それに、あの時のことは気にしなくていいんだよ。おかげで僕たち、また出会えたじゃない?ちゃんと、君たちは、僕を救ってくれたじゃない……!」
思い出すたび、うれしさと、悲しさが同時にやってくる思い出。僕の罪は拭えない。だから本当は僕、君とこうしていることさえ許されないのかも……
「噂はこわいね……でも、僕は知ってるよ。……達哉だって普通の男の子だもんね……」
ふつうに君は人を好きになるし、人にあまえたくもなるし、泣きも、怒りもする。いつもツンとすましている、カッコいい一匹狼じゃない。
「君は、僕たちの前では、子どものころのように笑ってくれる。君が、僕たちの絆だもの。みんな、君が好きだから集まれたんだよ……みんなが、大好きな君のところに集まったから……また出会えたんだよ?」
君がいればきっと、何回僕たちの出会いが最初からにされたとしても、またみんな、出会えると思う。
「舞耶姉さんも言ってたじゃない……きっと運命なんかじゃないよって……」
達哉の顔が見る間に赤く染まっていく。
「でも、みんなが助けたいと思ったのは淳だ……。俺が……淳をそばから離したくないって……そう思っただけだ……。なぁ、俺をほめてばっかするのやめろって……そういうの……もどかしい……」
二人で見つめあう。
「なぁ、俺はそういう淳が好きだ。相手のことばかり気づかって、自分のことなんて全部後回しで……悲しげに……笑って……」
「……達哉……」
「おまえ、自分がどれだけスゴいこと言ってるか気づけよ……おまえのそういう決意……誰にでもできることじゃないって……気づけよ……」
心臓が……うるさいほど……鳴ってる……。
僕が身をよじると、達哉はがっしりと肩をつかんで離さない。
「ジョーカーだったころの自分も受け止めて……本当は苦しいのに……自分のことより先に、この街が今にもブッ壊れそうなのどうにかしようとして……」
こんな、細い体で……
小さくつぶやく達哉の声。
「ねぇ、達哉、僕、君のそばにいれるだけでしあわせだよ」
だから、そんな苦しそうな表情しないでよ……。
「なぁ、俺の気持ち、迷惑か?」
「……え?」
「俺、淳のこと……普通に見てないぞ?」
「……し、知ってる……」
達哉、じっと僕のことみつめてる……
「なんか、淳のそばに……もっと、近くに寄りたい……抱きしめたい……」
がっしりと抱きしめられる。僕の体は、達哉の体の中でぎゅうっと縮こまる。少し痛いくらいに……。乱れた達哉の呼吸……激しい心臓の音……。僕にもそういう感情が伝わってきて、体が熱くなってくる。
「……だ、抱きしめていいって言ってないよ……」
「ご、ごめん……」
そういって達哉が体を離してくれた瞬間、達哉の口にはケチャップがついていているのに気づいた。
でも、そういう雰囲気じゃないよね……でも、その……これから先に進みたいなら……。
僕はくすくす笑って、そっと僕の口元を指さした。達哉のどんどん近づいてくる顔、でもバツが悪そうに一瞬動きを止めた。
「わ、ごめん」
達哉はそういうと、体を離して真っ赤になって額を押さえた。よかった、気づいてくれた。
「まさか淳がそういうことしてくると思わなかった……」
「え?え……」
よくわからないけど、達哉は額を押さえてハァーっとため息をついた。すごく熱い視線で僕を見つめてくる。
「じゅ、淳からおねだりしてくれると……思わなかった……」
「え、や?だから……そのっ……ね?」
僕は、自分の口の部分をもう一度チョンチョンっと指さしてみる。ほら、口にケチャップ付いてるよ……!
だけど、僕のジェスチャーはどうやら意図が伝わっていないらしく、やればやるだけ達哉の心を燃え上がらせるようだった。
達哉はもう一度、力強く僕の両腕をつかみ、鼻息も荒く近づいてくる。
あぁ、達哉のくちびる、近づいてくる……そ、そんな、どうしよう……僕、キスなんてはじめてだし……や、でもそんな……
「……ん……」
僕を抱きしめる達哉の体も硬直してる。僕の腕をつかんだ手はカチコチで、このままするりと僕、抜け出てしまえそうだった。
しばらくそうして唇をあわせていると……達哉がうなりだした。
達哉のからだが大きく後退する。
「スマン……なんか……は、は、はじめてキスした奴みたいだな……」
まだケチャップに気づいてないんだ……
なんだかそれがおもしろくて笑いだしてしまった。
「な、なんだよ淳……おまえだってカッチコッチに固まってたじゃないか……」
「う、ううん?違うんだ……ふふっ……」
口の中が、ほんのり甘い。
「……淳ってリップとかぬってたっけ」
「アッハハハハハ!ちがうちがう!気づいて!ほら、んっ!」
僕が顔をつきだしてくちびるをもう一度指さすと、達哉が呆然と僕のくちびるをみつめている。達哉ばっかり緊張しちゃって……なんだか申し訳ないな。
「……わ、わかってる……ケチャップ……だろ……?」
少しずつ、達哉の顔が近づいてくる。
でも、達哉の目に、イタズラな光がきらめいたのに、僕は気づいてる。そっと達哉の舌がのび、僕のくちびるをペロっとなめた。
やわらかく、あたたかな感触に思わずゾクっとふるえた。
「ひやぁ!」
「……ん、あまい……これは……これが淳の味なのか……」
「あっははは!もう……ふざけないでよ……達哉……」
心臓がハレツしそう……誰も見てないからって……ふざけて……。
「ひどいなぁ……二人のはじめてのキスなのに……」
でも、僕はもう一度、くちびるを指さした。
僕はそっと、目を閉じた達哉のくちびると僕の間にペーパーナプキンを置いた。
クシャッ
二人の唇の間にはさまれたペーパーナプキン。
伝わってくるのはただ、二人の体温。
達哉に文句を言われること、期待してたのに、達哉は少しくちびるを離すと、ペーパーナプキンを持った手をつかんで、くちびるをふかせ、抱き寄せると僕の手にもった紅茶を飲んでしまった。僕は、なすがまま。
「やだよ……達哉……」
「いいだろ……淳だってちゃんとしたキス……ほしいだろ……?」
「……う、うん……」
僕は急に達哉のあわてる顔が見たくなった。今度は僕の方からくちびるを押し当ててみる。
「……っ!んっ……ん……」
達哉のくちびるをなめる。達哉のあまいため息……。
僕の舌を伝って、達哉の舌がやってくると、僕の口の中にするりと入り込む。口を開け、お互いを受け入れあう。
「ふっ……んむっ………っ……」
息が苦しくなって、顔を離す。達哉が僕のほほに手を当てる。僕も、真っ赤になった達哉のほほに手を当てる。とても熱かった。達哉がほほえむと、伝染したように僕もほほえむ。
僕が、達哉をもっと感じたくて、髪の毛に指をはわせると、達哉も僕の髪を指にからませた。
「なぁ、淳……俺……しあわせ……」
「うん……うん……」
体が熱い……この気持ちが……愛してる……?
◇
二人でベンチに座ったまま、手を握りあって呆然と空を見上げる。
飽きるかもしれないくらい、何度も何度もキスをした。
夢中になって、相手の髪をかき乱した。たぶん、二人ともひどいありさまになっていたろうね。
『ハァー……』
同時にため息をついて、笑う。
「誰も見てなくてよかったよね?」
僕が思わず笑い出す。
だって、気持ちいいのが止まらなくてお互いやめどころがわからないなんて……まるで子どもみたいだったから……
「あーら……失礼しちゃうわね……」
くすくす……くすくす……
風に乗って、静かで上品な笑い声が聞こえてくる。
「私たちが見てたわよ……みてたのよ……?」
達哉はびくっと体をふるわせると、夕焼けの光に照らされてもなおわかるほどに真っ赤に顔を染めていた。
「見てたわよ……見てたわよ……ずっとずっと……」
小さな声がそこかしこで、静かに風にのって聞こえてきた。
「も、もしかして……ここでデートはじめたときからずっとってことか……?」
達哉が思わず頭を抱える。
「そうよ……そうよ……最初は興味もなかったけれど……」
「人間ってめんどうくさいのね?風に思いを乗せるだけじゃあ足りないのね……?」
みょうに悟ったように話す花たちに、思わず隣で笑う僕の肩を、達哉が抱きしめる。
「フン!うらやましかろう!」
達哉が強がりをいうと花たちが笑う。
「わるくないわ……わるくない……それはそれ……これはこれ……」
花の香り……小さな笑い声……きれいな夕焼け空……
僕たちは、花たちのざわめきを聞きながら、真っ赤になった。
「も、もうここに……来れないね……」
「い、いいさ……なら、ほかに淳といっしょにいれる場所、みつけるだけだ……」
大人びた花たちの笑い声のなか、僕たちも照れくさくて笑った。
「淳といっしょなら……俺、少し強くなれるかも……だから、どこだって……いいさ……」
「うん……そうだね……僕だって、どこでもいいよ……君の笑顔、みれるなら……」
花たちの小さな笑い声。
僕たちはキスをする。
--END