ニューロフォリア 魔法少女プリティ☆メルクリウス サンプル♪
2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

魔法少女プリティ☆メルクリウス サンプル♪

10/27 COMIC CITY SPARK8 東5ホール つ65a
でお待ちしております!!
(サンプルにエッチなシーンはありませんが、
ご本のほうにはいつも通りたっぷりエロがあります!!)
表紙イラストと挿絵は「ながのりら様 」にお願いしました!

魔法少女 プリティ☆メルクリウス
【A5/232P(未定)/1200円】

prmrhyousi2.jpg
◆魔法少女プリティ☆メルクリウスが富と幸福の風を届けちゃう!◆
フィレモンによって魔法少女に選ばれた淳、
心の闇を抱きしめて影人間化した人々を救いだす!
さしむけられた仮面党幹部、手を伸ばす渦巻く闇!
プリメルを追う達哉はその姿に何を思うのか?


ながのさんのラブリーなイラストに合うように、丹精込めて少女漫画風にしてみました!!
中身はいつものようにエロエロなんですけどね!!
挿絵の方は残念ながらエロシーンはないですがwww
ながのさんらしい太ももとかお尻とかを、わしづかみしたくなるような
プリプリかわいい淳ちゃんを3枚も描いていただきました><*
(1章の1略)

――君には、魔法少女の噂を流してもらう。

 夢の中、フィレモンはそう言っていた。淳はインターネットの掲示板やラジオのハガキ投稿をまめに繰り返し、かつてジョーカーさまという噂を珠閒瑠市中に広めたことがあるが、そのせいで影人間化という悲劇を生んでしまった。なので、どうにもフィレモンの言うことに従う気がしなかった。
 ノートを前に作戦を考えている時、目の端を金色の蝶がふわふわと舞う。フィレモンはどうやら、一応現実世界にまで来て淳の世話をしてくれるつもりらしかった。
「いいかい淳、君が今考えている方法を使って噂を広めると、結果、あまりに不確かで他人が想像する余地があまりに多い。彼らの好き勝手な付け足しを許すことになる。それこそジョーカーの二の舞いになるぞ。だからこそ君が実際に魔法少女として動き、その姿を世間に表すことが大事なんだ。すると君は確実に魔法少女と同化しすることができる」
 淳が魔法少女本人であると外界からの認知を受けて、完全に同化してしまえば、ジョーカーのときのようにもう一つの人格といった形で現れずにすむ。そうなれば、確かに制御できなくなるとことはなさそうだ。
「た、た、確かにそうなんだけど……ま、魔法少女って……」
 淳が一番気にしていることは魔法少女、という言葉だ。淳はどう考えてもやっぱり男だし、少女と言うにも年齢が十七と微妙なところだ。
「ショッキングな内容ほど噂はよく広まるだろう?ふざけた表面とそのまじめな中身のギャップほど、人の心をえぐるものはあるまい?」
 得意げに語る金色の蝶にあきれる。
「で、で、でも僕、男だし……」
 さっきまで見ていた女性用通販カタログをせっせと片付ける。一応参考までに服を見ていたのだ。フィレモンはそんな淳の努力を見ていたのか、くすくす笑っている。
「それに、人を救う聖なる存在というものは、決まって美しい。そうだろう?」
 フィレモンはすぐにこうやって、淳をからかう。あんまり余計なことを言うようなら、黙らせようと虫かごまで用意したが、ふよふよと飛ぶ蝶はなかなか捕まらない。淳はフィレモンの気持ちを変えさせようと、抗議のために、十年前から大切にしている不死鳥戦隊フェザーマンのフィギュアを見せる。
「君の言う美しい魔法少女でなくとも、こういうかっこいいヒーローっていうものがあるんだよ、フィレモン。これなら男の僕でも無理なく変身できると思うんだけど?」
 黄金の蝶は並べられた五つの戦隊モノのフィギュアの周りをぬうように飛んだ。
「ううん?パンチがないな。やはりだな、誰にでも慕われる雰囲気がないと……。淳、君の心の優しさは特質だ。戦うヒーローではなく、救うヒロイン、そちらの方が君に似合うと思うんだが」
 そう言って笑いながら、ひらひらと飛ぶフィレモンの隙を突いて捕まえようとしたがまた失敗した。悔しさのあまりフンっと鼻息をならすと、こんな無駄口ばかりはく蝶に付き合っていられない、とまたウンウンうなって作戦を考える。その隣では、どこから取り出したのか、隠しておいたはずの女性ファッション誌を見ながら、こういうのはどうだろう?と声をかけてきた。魔法の力か、ページがひとりでにひらりと動いていく。よりによって、下着のページにとまるフィレモンをカタログのしおりにしようとしたが、またもや、ひらりと避けられた。
「うん、君にはこういった華やかな衣装が似合うと思うんだが、君はどう思うかね?」
「……ひ、ひどいよフィレモン……それって下着じゃないか……」
「君の特技は女装だろう?それに、私の選んだ衣装に興味を持っているようだが?」
「うっうるさいなぁ!人の心を読まないでよ!」
 また捕まえようとしても、またもや避けられる。こうやって暴力を振るっているが、本当はフィレモンなら避けてくれるだろうと思っているからの八つ当たりだった。それもまたフィレモンは心を読んで知っているのかもしれない。

 そうこうしながらフィレモンが言うままに日常を送る。少しでも幸せを感じるように、好きなことを優先するようにと意識しながら……。正直、こんな生活はつらかった。真っ赤な星が、爆風を起こして多くの意識を吹き消していく光景が未だに忘れられずにいたから。朝刊には行方不明者の数字が一面に載っていた。
「……いつまで僕は、こんなのうのうと生活をしなければいけないの?」
 隣のおばさんにあいさつをすると、笑顔であいさつを返してくれた。母さんといっしょに暮らしていた頃はいつでもムスリとした表情をしていたのに、近頃は淳を心配しておかずを届けてくれるようになった。おばさんのおかずはとてもおいしくて、涙がでそうになるほどあたたかだった。
 電車の中では、新聞を読んでいるおじさんの足を踏んでしまったが、ちゃんと謝ったところで平坂駅についてしまい、人混みに流されるようにして外にでた。失礼だったなと反省していると、あわてておじさんが、人ごみにのまれて淳が落とした本を、わざわざ届けてくれた。淳は思いきって感謝の言葉を伝えた。すると、おじさんは笑顔を返してくれた。淳はそんな小さなやりとりに、なぜだか幸せな気持ちを覚えた。
 クラスメイトたちも、最初は淳を遠巻きにしていたけれど、学校にちゃんと通うようになった淳を見て、少しずつ歩み寄ってくれるようになった。どうして不登校を続けていたのか、その理由を聞くことなく、自然に友人として接してくれようとした。どうやら入院していたのではないか、事件に巻き込まれたのではないかと、心配してくれていたらしい。淳は本当に人に出会うたびに、よく笑うようになった。
 そうして少しずつ幸せになるたびに、淳の中にある何かがゆっくりと目覚めていると感じた。こうしてふつうに生活する一つ一つが幸せで、うれしくて、大事で、それだけのことが、とても贅沢なことに思えた。かたくなな自分がほんの少し柔らかくなったのかもしれない。
 それと同時に、夜中にふと、ベランダに出て植物に水をやっているとき、家々に灯る無数の光を眺めていると、この明かりの中にジョーカーが手をかけていない一家がどれだけあるのだろうかと考えると、事実を知っていながらも解決する術を持たない自分なんかが、こうして生きていていいのか、と胸が苦しくなった。今すぐ心の海に帰るべきだと思ったが、そのたびにやさしく接してくれた人々の笑顔が思い浮かび、そんな人々の愛おしさに踏みとどまってしまった。矛盾した感情が入り乱れはじめた。
 今もこうして、のうのうと暮らしている間にも、ジョーカーは人々のイデアルエナジーを吸収し、父が叶えてはならないと言った滅びの託宣を叶えようとしている……。
――今日も、新聞の一面に踊るのは……増えていく行方不明者の数……。
 ある日ついに、こらえきれなくなって淳はフィレモンに当たってしまった。
「もういやだ!つらいよ!さっさと僕を殺してよ!」
 投げつけた新聞紙の下に行ったと思ったフィレモンは、ふよふよとぬけだして淳の顔の周りをからかうように飛んだ。淳はそんなフィレモンの態度に、みるみる不機嫌な感情を表に出した。
「そうだな、そろそろイデアルエナジーもたまったころかな……君の存在をまず、この世に定着させねばならなかった。黒須淳という存在をこの世に存在させることが第一だった。でなければ、なにをやっても結果が残らないからな」
 フィレモンがそう言うと、淳の頭に浮かんだのは、隣のおばさんがおかずを届けてくれるときの笑顔や、電車で本を拾ってくれたおじさんが、淳を見かけると手を振ってくれるようになったこと、最近、友人たちがいっしょにお弁当を食べてくれるようになったことが思い浮かんだ……。
「……もしかしてこれって……」
 人間の構成要素、外界からの認知。
「そう、噂が現実になる法則を利用した、存在の定着化だ」
 フィレモンがそう言うと淳は涙を流した。そうだった。ジョーカーの噂を流すのに必死で、生活に無頓着だった黒須淳という存在は、どんどんジョーカーの影に追いやられていったのだ。道連れにしようと己の魂を切りつけても、ジョーカーには傷一つ無かったほどに、黒須淳は無力だった。
 学校にも通わず友人も作らず、コンビニやスーパーで買ってきた総菜を適当に食べ、パソコンに張り付き……何通もの筆跡を変えたはがきを書いた。淳の世界はとても狭く、この部屋にしかなかった。何もかもが偽りでできていた。
「……あ……」
 そして、その時何一つ、淳は幸せを覚えてはいなかった。イデアルエナジーを搾取することばかりを考え、己の中のイデアルエナジーを無視していた。
「そうだ。ジョーカーの力ばかりが強くなっていったのは、君が黒須淳という存在を、この世界で表現しなかったから、ではないのかね?」
 黄金の蝶は、ひらひらと笑う。
「とりあえず、君がこの世界にいなければジョーカーとも戦えない、そうだろう?」
「……フィレモン……」
 存在が無ければ成長することもない。
「幸せを感じることが課題だというなら、何も苦労はないはずだ」
 フィレモンの言葉は、なんだかんだいって、あたたかさがある。淳は涙を流しながら、こくんとうなずいた。

   ◇ ◆ ◇

 淳は天井を見上げる。どこから照らしているのかわからない魔法の光は頼りなく、ぼんやりと部屋を覆っている。どこもかしこも濃紺に見えるカーテンに覆われた部屋は、舞台のよう。美しい声で歌う耳の聞こえない女と盲目のピアニスト、ただ何を描くでもなく、キャンパスに向かい続ける絵師。
「こ、ここは?」
 突然部屋に用意された青い扉に入るようフィレモンからうながされ、扉を開けてみればこの奇妙で……神秘的な音楽あふれる部屋に通じていたのだ。
「ベルベットルーム。意識と無意識の狭間に浮かぶ部屋さ」
 フィレモンは黄金の蝶から、淳よりも背の高い黒いスーツの男性に姿を変えた。イタリアのカーニバルに使うような陶器製の仮面をかぶっているせいで、どんな顔をしているのかは分からなかった。ここからはよく見えないが、歩くたびに揺れるたびにポニーテールが揺れる。その一つにまとめた栗色の髪に、鋭い眼差しに、なぜか淳は心を揺さぶられるのだ。心の海の底はあまりに暗く、フィレモンの姿がわからなかったが、今こうしてみると、その低く響き渡るやさしい声も、どこかで聞いたことのあるものに思えた。ただ、淳が知っているその声よりも、幾分低いように思えた。それでも懐かしく、胸の奥をじんわりとあたためるような、力強く守ってくれるような、そんな声だと思った。
「どうかしたかい?私の姿がおかしいか?」
「い、いや……なんだか……デジャ・ヴュっていうのかな……ううん……だ、大丈夫だよ……」
 フィレモンの目をなんだかじっと見つめていられずに目をそらす。
 ベルベットルーム、それは淳が訪れた心の海の底よりはるか頭上、あの赤い星が輝く海面から頭を出したり、心の海の底に沈んだりを繰り返す不思議な部屋なのだそうだ。
 とても落ち着いた青い空間に満ち渡る歌声とピアノの伴奏に淳の心は打ち震えた。
「おお、おお、我が主よ!ようこそおいでくださいました!急なお越しでございますな!いやはや、おもてなしもできず、もうしわけありません……」
 鼻の長く小さな目がギョロついた小柄な老人が、豪奢な椅子から下りて、ゆっくりと歩み寄る。フィレモンはその老人の手を取ると、やさしく握り締めた。
「よくがんばってくれているねイゴール。ペルソナ使いたちの成長は君のおかげでもある。もっと誇りを持ってくれたまえ」
 目を瞑って、主の言葉に感じ入ったイゴールはようやく目を開く。
「フィレモンさまが普遍的無意識の底から立ち上がられるだなんて、どんな気まぐれを起こされたのですか?」
 イゴールがギョロ目を動かしてヒッヒッヒっと笑う。フィレモンも楽しそうに仮面からあらわになっている口端を上げた。
「頼りになる天使を見つけてね、紹介する。彼の名は黒須淳だ」
 突然名前を呼ばれて、淳はびくっと背筋を正す。普段の態度からはめずらしく、りりしい姿を見せたフィレモンに思わず、見とれてしまっていたのだ。
 小さな老人は、今度は淳のところへとやってきた。最初は少し不気味だと思ったけれど、よくよく見ると愛嬌のある顔をしている。
「ようこそ、ベルベットルームへ。私はここの支配人、フィレモンさまの使い魔、イゴールと申します」
 背の低い老人はとても丁寧にお辞儀をして、笑顔を見せてくれた。
「あ、は、はじめまして……僕は黒須淳といいます」
 淳も丁寧に礼を返した。差し出された節くれだったイゴールの手を握って軽く揺らすと、イゴールはそのまん丸な目を見開いた。
「なんと……あなた様は人間ではない……かろうじて構成要素は揃っておりますが、まだ安定していない……どちらかといえばペルソナに近い存在でございますな!」
 おっと、と口をふさぎ、これは失礼、と淳にお辞儀を返す。少しだけ悲しい表情が表に漏れてしまったようだ。
「そうだ。まだ現実世界で生活できる程度の存在でしかない。だが、彼は一刻も早く力を手に入れることを望んでいるし、私も彼だからこそ、その願いをかなえる力があると信じている」
 フィレモンがフォローを入れてくれたおかげで、淳の気持ちは少し軽くなった。フム、とイゴールは淳を見つめた。材料を前にした職人のような目つきに変わる。
「イゴール、彼のペルソナを彼自身に降魔させたい」
 イゴールはとんでもないっと声をあげる。
「暴走するおそれがありますぞ」
 フィレモンがそっと淳の肩の上に手を置いた。
「これから、君に影人間を助ける力を授けるが、意識を強く持つことだ。そうでなければ、ペルソナに飲み込まれてしまうからな」
 淳は説明を受けた。心の海にいる人間の元型である神を召還し、その力の一部を己のものとして使う方法があるらしい。しかし、淳もまた心の海の住人だった。下手をすれば元型である神と完全に同化し、それどころか飲み込まれてしまうおそれもあるという。しかし、あいまいな存在である淳に降魔することができれば、ほぼ完ぺきな精度で神の力を引き出すことができるという。
「危険な賭けではあるが、私は君の中に、強い意志を見た。淳、君ならば大丈夫だ」
 フィレモンは拳をトンっと淳の胸に当てた。淳の表情が少し和らいだ。
「それで、僕は力を手に入れることができるんだね?」
「そうだ。そして、その力を育てれば、いつか君はジョーカーを越えることもできる」
 淳の瞳に鋭い光が宿る。
「人々を助けたいという願いが力になるだろう、そして……」
 その言葉の意味がわからずに、まっすぐに見つめてくる淳を見ると、フィレモンは仮面の向こうで口元を緩めた。
「本当の君の願いは、きちんと君自身で見つけることだ」
 フィレモンの体は消え、黄金の蝶に変わる。淳の体は光につつまれて、ふわりと持ち上がった。突然の異変にも、フィレモンのあたたかさを感じていたので、何も恐怖を感じなかった。
「イゴール。彼の元型の召還を頼む」
 イゴールは一礼をしてスーツの内ポケットから骨でできたような携帯電話を取り出した。その瞬間、部屋の空気が張り詰め、今までおだやかに歌っていた歌姫の声が禍々しく変わって行く。やさしく撫でるように鍵盤を弾いていたピアニストの指は、力強く鍵盤をたたき出す。イゴールは携帯のボタンを押すと、誰かと連絡を取り出した。
「な、何これ……」
「不安かい?淳……」
 体はあたたかく、誰かに包み込まれているよう。
「ううん、なぜだろう……すごくうれしいんだ……」
 長年会えなかった親友にようやく会えたような、そんな思いがするのだ。
 淳の左腕に光る、その手首の細さの割りに大きな腕時計が、黄金の光を弾いてキラキラ輝く。
「アポロと交わした友情の品が、あなたに大きな力を呼び覚ますでしょう……さぁ、心に浮かぶ元型の名を呼ぶのです」
 淳は黄金の光の中に浮きながら、そっとその胸に手を当てる。心からあふれ出すのは、いたずらな風。
「……ヘルメス……」
「もっと力強く!」
 イゴールが言う。
「心の海の底に気持ちを合わせるんだ。底に眠る、元型を呼び覚ませ!!」
 フィレモンの声に、淳は目を見開く。
 見えたのは、黄金に輝くいたずらな少年神。ヘルメス=トート=トリスメギストス。人々と神を結びつける伝令の風、いくつも名を変えて旅を繰り返し、黄金の練成を人々に伝えた錬金術の祖。
「ヘルメス……トート……トリスメギストス……」
 黄金の蝶がそっと淳の顔の前にひらひらと舞い寄る。空に浮きながら、淳は手を差し伸べてその蝶に口付けた。その瞬間、蝶は金色の光になって飛び散った。急に支えを失って、急速に落下していくような感覚。大切なぬくもりを失って、体が冷たくなっていく。
 淳の体をつつんでいた空のように青い学生服は、落下する風に水のしぶきのように飛び散っていく。
「もっと、大きな声で呼ぶんだ……さぁ!」
 姿は見えなくとも、彼がそこにいる。見守ってくれている。彼ならばきっといつだってその腕を伸ばし、淳の体を受け止めてくれるだろう。落下するような感覚の恐怖に囚われず、淳はもう一度大きく叫んだ。
「ヘルメス・トート・トリスメギストス!」
「着ましたぞ!!あれこそがあの少年の元型……なんと!!オリンポス十二柱のお一人か!!」
 イゴールの興奮したような声が聞こえる。
 淳の体の中から青白い光があふれ出し、飛行機をモチーフにした鎧に身をつつむ、黄金に輝く少年神が現れた。
『我はヘルメス……幸運と富の与え手にして、死せる魂の露払い……我が分身よ、風の如く無私な心で人を愛せ……』
 語りかけるように、神はささやく。
「念じるんだ。その力を与えたまえと。人々を無私なる愛で救う力をと!」
 黄金のしずくが飛び散り、目の前が金色でいっぱいになった。少年神とそのヘルメットの隙間越しからよく似た黒い瞳で見つめあい、同じ大きさ、同じ温度の手を重ねあった瞬間、二人は溶け合うように同化した。
 突然当たりは虹色に光りだし、ベルベットルームすら覆い隠した。もうすでにイゴールの姿も見えない。いつのまにかオーロラのように波打つ空間の中に閉じ込められてしまったようだ。辺りを見回しているうちに、ようやく自分が全裸だと気づくと、淳は思わず悲鳴をあげそうになった。
 しかしその時、どこからやってきたのだろう、ふぅわりと下から四匹の黄金の蝶が舞い上ってきた。フィレモンよりも儚げで、エネルギーのかたまりでしかないような蝶だったが、羽根を羽ばたかせるたびにオーロラの鱗粉をまいた。
 あまりの美しさに、淳は天に上るその黄金の蝶に向かい、思わず右手を差し伸べる。そして天に向かうその蝶が淳に気づくように願う。自分に人々を救う力を与えてはくれまいかと。すると、呼応するように黄金の蝶は淳の指先に止まってくれたのだ。
 うれしくて涙しそうな思いでほほえんだ。そのまま黄金の蝶は己の花に選んだ淳をいたわるように腕にまとわりつき、くるくるとすべるように飛んだ。淳はそのオーロラの鱗粉につつまれて優雅に輝く右手に、うっとりと左手を差し伸べる。光がはじけ飛んで肘より上までカバーする、なめらかな生地の白いロンググローブに変わった。
 蝶はそのまま舞い飛び、体の上をすべるようにするするとらせん状に降りていく。蝶についていくように、黄金の光のベールが裸の体を取り巻いた。形を成すと光がはじけ飛び、ベールは胸に切返しのついた細かいプリーツのワンピースに変わる。
 しかし、ようやく服を身にまとったものの、スカートの丈の短さに驚いて思わずスカートをさげるようにひっぱった。パンツをはいてないし、このままじゃあ丸見えだ。
 蝶はそんな淳の不満も気にせずに、細い脚の上を進んでいく。光が太ももから、ふくらはぎをすべると、純白に輝くストッキングが現れた。
 二匹の黄金の蝶はそれぞれ、かかとにそっと触れると、光がはじけてかわいらしいがかかとの高い、すみれ色のピンヒールへと変わる。カッと音を立てながら床に降りると、虹色の床に波紋が走り、黄金の蝶はリボンへと変化した。だけど、ストッキングがずるりズレ下がり、淳はあわててそれを引っ張った。
 それに気づいた蝶が慌てて、ストッキングを引き上げながら飛ぶ。それは金でふちどりされた白のガーターベルトへと変化した。そして、いつまでもスカートをひっぱったままの淳のむきだしのお尻に、申し訳なさそうに蝶が取り付くと、真っ白な生地の下着に変わった。
 ようやく安心してスカートから手を離すと、残った蝶の群れがふわふわと淳の背後を飛び、一匹が突き出した淳のお尻の上を飛んで、背中の真ん中をつんっとつつく。
 すると、最後の仕上げとでもいうようにワンピースが変化を始める。かわいらしいパフスリーブが肩をふっくらと包み、プリーツに光の縁取りが現れる。背中に止まった蝶が羽を大きく広げ、光がはじけ飛ぶと大きな紫色のリボンに変わった。
 それを確かめたくてくるりと淳が回ると、肩から伸びた紫色のリボンがしゅるりと蝶々結びを作ってかわいらしく止まる。その細い首には黄金のチョーカーが。オニキスに銀の縁取りをしたクロス型のチョーカーヘッドが揺れた。
 最後の黄金の蝶は目をつぶる淳の顔の前をくるりと周り、後頭部に止まると、黄金のリボンへと変わる。
 淳はようやく終わったドレスアップにうれしそうに跳ね飛んだ。虹色の床が波紋を描く。金色のワンピースのプリーツが揺れ、リボンが蝶のように羽ばたき、チョーカーヘッドがきらりと光る。
 淳がくちびるに手を当てて小さく口笛を吹くと、遠くから小さなロケットが飛んできて、軌道にもうもうたる煙を残しながら、淳の股の間を飛び抜けた。その煙をやさしくグローブで包まれたその手でつかむと、たちまちに煙は黄金に変わっていく。ロケットごとその黄金の煙は固まって、伝説の杖、ケリュケイオーンに変形した。
 かわいらしく片足ずつ着地し、杖を軸にくるりと回る。股間がすれたのか、ちょっとだけ色っぽいため息をつきながら、左手を差し出した。
 心の中から、台詞が湧いて出てくる。
「万能の神よりの使者、愛と富を授ける黄金の風!プリティ☆メルクリウス!わるーい人は……」
 何の違和感もなしに淳は叫んだ。
「気まぐれに黄泉へと案内しちゃうから!ビシィ!」
差し出した左手を頭につけて、敬礼ポーズをとった。
「……って……」
 しかし、自分の中に湧き上がる異様な高揚が冷めてくると、途端に恥ずかしくなってきた。
「何これ……フィレモン……」
 パァーッとオーロラの世界がはじけ飛ぶと、元のベルベットルームに戻っていた。ピアニストはいつの間に作曲したのか、プリティ☆メルクリウスのテーマを弾いていた。イゴールとテーマソングを熱唱していた歌姫はうれしそうにパチパチと拍手をしており、淳はその奇妙な状況にますます顔を赤くした。
「お見事だ、淳」
 フィレモンのその落ち着いた声に、淳はがまんしきれず叫んでしまう。
「な、な、なんなのこれぇ!?」
「何って、君の思い描いていた魔法少女プリティ☆メルクリウスだよ」
「こ、こ、こんなのしらないよぉー!!」
 短いスカートを抑えて「ひぃーんっ」と淳は泣く。
「なるほど、少しヘルメスの意識の方が勝っているようですな、淳さまよりも多少、テンションが高いようでございます」
 イゴールは満足げにほほえむ。
「スカートが少々短いのが気になるが、なるほど、特技が女装なだけはあるな。女物の服のことを知っているだけあってかわいらしい衣装ができあがったじゃないか!」
 うれしくないフィレモンのフォローに、淳はほほを膨らませる。すると、無言で筆を振るっていた悪魔絵師が、キャンパスをこちらに向ける。
「しかし、これだけ絵になる魔法少女なら、街の噂も動くかも知れんぞ」
 そこに描かれていたのは、紛れもなく、今の魔法少女姿のはずかしい淳の絵。いたずらっぽく悪魔絵師が笑う。
「も、も、もう!みんなひどい!ひどい!!ひどいよぉおおおっ!!」
 その時、股の間に挟んでいたケリュケイオーンがピカリと光り、淳を乗せて飛び出した。
「ふえぇー!こ、こ、今度は何なのぉー!!」
「さっそく犠牲者が現れたようだ。人々を助けるのだ、プリティ☆メルクリウス!」
「こんな格好で、外に行くなんて……」
 短いスカートからはふとももはむき出しだし、ケリュケイオーンのごつごつした部分が、淳の大切で敏感な部分をごりごり刺激して落ち着かないし……。
「こんな姿で街で戦うからいいのだよ。君は、人を助けて自らの行動を持って噂を広めるんだ。黒須淳がいるからこそ、プリティ☆メルクリウスの戦いは噂に上るのだよ」
 くやしいが、フィレモンの優しい声に、少しだけ納得したような気がしたが……。
「あぁっ……も、もうっ!ゆっくり飛んでよねぇー!!」
 よくわからない快感と羞恥心に、それどころの精神状態ではなかったのだった。

   ◇ ◆ ◇

 さっそく見つけたのはジョーカーに今にもイデアルエナジーを吸い尽くされようとしているOLだった。淳はとっさにケリュケイオーンを手に取り、バトンのように振り回した。
「へるめてぃっく・ごーるでん・ぶろう!」
 ケリュケイオーンから放たれた黄金の風がジョーカーの幻影をかき消した。
「と、と、とっさに……必殺技とか出ちゃった……」
 風が止むと、申し訳なさそうにキョロキョロする黄金の魔法少女の姿が現れた。
「これが君のペルソナの力だ」
 真面目にフィレモンがそういうと、なんともバカらしくて笑ってしまった。
「でも、それどころじゃないみたいだね……彼女……助からなかったみたい……」
 彼女の目は光を宿さず虚空を見つめ、何事かを小さな声でつぶやき続けながら、少しずつその姿は黒く染まっていく。
「錬金術的に言えば、これは魂の黒化だ」
 黒化とは、物質が腐敗し、分解され、死に至る段階のことだ。まさしくイデアルエナジーという生命にも匹敵するものを奪われた、この魂の末路のように思えた。
「僕は、この人を助けられるんだね」
 淳は力強くそういう。ひらひらと淳のリボンに止まっていたフィレモンがやってきた。
「そうだ。私はヘルメスの秘術を授ける、君のエメラルド・タブレットとなろう」
 ケリュケイオーンにフィレモンが止まる。すると、淳の中にイメージがわいた。
「さぁ、さっきのように遠慮なく、叫ぶんだぞ!」
 フィレモンの言葉に思わず淳は笑った。
「へるめてぃっく・あるべど・ぷりふぃけーしょん!」
 ドンっと黄金の光が放出され、その黒く染まったOLのまわりを卵のように囲んだ。淳の背中に黄金の翼が生え、やさしく卵を包み込む。
「戻ってきて……お願いだよ……」
 彼女の思いが伝わってくる。軽い冗談のつもりでジョーカーに電話をかけたようだが、でも、彼女はそんな冗談を試してみたくなるほどに苦しくて哀しい思いもしていた。彼女の心の黒化をさまたげるために、淳の中にあるイデアルエナジーを彼女自身の復活の力を誘発するために流し込む。OLの心と淳の心が混じり合い白化現象がはじまったようだ。淳のエナジーが、彼女のエナジーを引っ張り上げる。淳は苦しげに目を伏せた。卵の中では、OLが淳の姿を見て驚いたような表情をしていたが、やがて感謝のような表情を浮かべていた。
 黄金の卵がひび割れ、淳の背中の黄金の羽が広がり消えていった。
「パーフェクションッ!」
 あまりに晴れやかな表情を浮かべてとびはねながら、いきなりOLはそう叫んだ。彼女のテンションに思わず引いてしまった。
「へっ?か、彼女は、だ、大丈夫……なの?」
 しどろもどろの淳に、フィレモンは得意げに説明をした。
「これもまた、立派な魔法少女のお約束なのだよ……多分、ヘルメスの力が彼女の中に少し残ってしまったのだろう」
謎の叫び声が少々不安だったが、ヘルメスのせいだと言われると、なんとなくそんなものかと安心した。ヘルメスは、油断しているととんでもないことを起こしてしまいそうなイタズラ少年なのだ。だからこそ、イデアルエナジーに満ち溢れていると言ってもいいのかもしれない。しかし、ようやく落ち着いて地面に降り立つと、しばらく彼女はグスグスと泣いていた。
「君の悩みを、小さな事だなんて笑う人がいたんだね……」
 淳はケリュケイオーンを手に提げて、そっとOLの手を取って立ち上がらせた。
「もう大丈夫。君は君の力でまた立ち直れるはず。思ったよりものすごいパワーが君の中には眠っているんだよ!」
 淳は感じたことを素直に口に出した。淳のエナジーは黒化を起こした彼女のエナジーに無意識へと強く引き込まれそうになったが、対話によって彼女のエナジーを呼び起こしながら引っ張っていると、意識と無意識の境界線を越えた瞬間、まるで間欠泉のようにエナジーが噴き出してきたのだ。淳は彼女の中に眠るおそろしいほどのエナジー量に驚いていた。でも、そんな心の中の戦いを知らないOLは、路地裏の闇の中でもまばゆいばかりに金色に輝く魔法少女を見上げて呆然としていた。
「え、えっと……その……あ、あなたの名前は……」
 その瞬間、何かのスイッチが入ったかのように淳はケリュケイオーンを股に挟んで左手でキリッとポーズをとる。
「魔法少女、プリティ☆メルクリウスっ!迷える旅人案内しちゃうっ!ビシィっ!」
 そして、ハッと意識を取り戻すと、淳の顔はたちまち湯気が出るほど真っ赤になって、呆然とした彼女を残して、勢いで飛び立っていった。誰にも声の届かない上空にくると、淳は叫んだ。
「いやあああっ!こんなの僕じゃ、僕のキャラじゃないぃいい!!」
 そして、そのまま溢れ出した感情のままに、うわぁーんと泣き出した。この情緒不安定もヘルメスのせいだろうか。
「ああ、そうだな。その心から沸いて来る過剰な陽気さはヘルメスの持つものだな」
 フィレモンはこんなに高速で移動しているケリュケイオーンにも、どういう仕組みか、問題なくひらひらとついてきた。
「フィレモーン!僕、こんなペルソナやだよぉー!!」
 淳の絶叫にフィレモンが笑う。
「それは仕方が無い。君の中に眠る力が、この陽気なヘルメスだったのだから……しかし、君が選んだ神は間違いなかった。その秘術のおかげでこうして影人間になってしまった人を助けられたじゃないか」
 そういわれると、淳はなんだか悪い気がしなかった……。
 しかし、淳は雲を切って飛びながら、お尻から大切な玉の部分までをごりごりこする、慣れないケリュケイオーンの感触にもじもじした。
「ふぅうっ……あっ……うごくと……うぅっ……」
 目を閉じて顔を真っ赤にすると、びくっと震えた。ぽたぽたと透明な滴が空を落ちていく。
「恥ずかしいけど……でも……なんだか快感だよぉ……!!」

   3

淳は読書をしていた。錬金術に関する本を図書館から何冊か借りてきたのだった。どれもこれもあやしい雰囲気だが、その中にもなんだかページをめくるごとに、素敵な人生のエッセンスが混じっているような気がして、うっとりしていた。しかし、この春日山高校にもあの不穏な噂が耳に聞こえてくる。
「なんだっけプリメルちゃんだっけ?俺の妹がなんかフリフリヒラヒラしてて、チョウチョがそばに飛んでる女の子の絵描いてんだよ。かわいいラクガキだと思って、それなんのアニメだ?ってきいたらさ、この間路地裏で見たとか言うんだよ」
 いるわけねぇーっと爆笑する生徒達三人の向こうでは、ため息をついて友人に相談する生徒がいた。
「俺の兄ちゃん重傷なんだぜ、一週間くらい家に帰ってこなくてさ、突然昨日帰ってきたと思ったら、プティ☆メルクリウスとかってやつに助けられたとかうわごとのようにつぶやいててさ、見つけたらプロポーズするんだとか言ってた……柊サイコセラピーに連れて行くべきかな?」
 淳はその場にいるのがいい加減恥ずかしくなってきて、分厚い本をバタンッと閉じると、立ち上がって勢いよく屋上へと向かって歩いた。そして、コンクリートの上に座ってふぅーっとため息をつく。
「プ、プロポーズ……って、じょ、女装してたって僕、男だよ!」
 顔を覆ってはずかしそうにしている淳の周りをフィレモンが飛ぶ。
「そうだな、魔法少女に変身はしても体の構造は変わらない。スカートをめくればしっかりと男性だとわかるものが……」
「バカフィレモン!」
 フィレモンを掴もうとしても今日もひらりとかわされた。
「ぼ、僕、こんな生活じゃあ、ストレスたまっちゃうよ……」
 普通に生活して、影人間にされた人々を助けているものの……。本当にこれでジョーカーの噂のシステムに一矢報いているのか心配になる。機械的に理想を叶え、理想が述べられなければたんたんとイデアルエナジーを搾取し続けるジョーカーの幻。どこかにいる淳の本体が使わせた一種のペルソナのようなものだった。これのおかげでこの珠閒瑠市内ならいつどこで、何人電話をかけても対応できるのだ。それを見つけてはかき消すことも戦いの一つだったが、どうにもキリが無い。魔法は使えば使うほど、疲労感がともなった。
 たまに気になる事件が起これば、そこに直接、ジョーカー本体が姿を現すこともある。だけどまだ、魔法少女プリティ☆メルクリウスの姿には気づいていないようだった。幻ならばへるめてぃっく・ごーるでん・ぶろうで吹き飛ばせるが、今の淳では、もしジョーカーと直接対決をしたとしても、簡単にひねりつぶされてしまうことだろう。
「はぁ……ジョーカーさまならまだしも、僕自身が噂されるのって慣れないよ……」
 ジョーカーのときは父さんの為という大儀があったし、本気で世界を救えると盲信できていたので、あまり違和感は無かった。
「しかし、噂として成り立たねば、プリティ☆メルクリウスはいつまでたってもジョーカーより弱いままだぞ」
「そ、そりゃあそうなんだけどね……」
 膝を抱えて空を見上げながら、ゆらゆらとゆれる。
 プリティ☆メルクリウスに変身して影人間になった人々を助け続けていたが、一日に数人が限度だった。まだ魔法少女になって二日目までは、テンションが上がりすぎて人々を助けられることがしあわせで、心からあふれでるイデアルエナジーで助けることができていたのだが、今朝、自分の体が透けていることに気づいたのだ。どうやらあまり使いすぎると、淳の存在自体が危うくなってしまうらしい。
「日に、数十人が影人間にされているこの珠閒瑠で、君が助けられるのは一日数人……いや、一人や二人がもう限度かもしれない」
 原因はイデアルエナジーの枯渇。一人の人間を助けるだけでも、多くのイデアルエナジーが必要だった。そして、イデアルエナジーを与え、多くの苦しみを受け止めることは、だんだんと淳の魂に負担をもたらしていた。
「そろそろ、噂を広める方法を本格的に考えるか、それともジョーカーに対抗する策を練るか……とにかくイデアルエナジーをおぎなう方法を模索しないと」
 淳は錬金術の本をまた読み始めたが、正直ほとんど中身が入ってこなかった。プリティ☆メルクリウスはジョーカーより強いという噂をばら撒こうとするにも、まだ魔法少女の存在が薄かった。そう、本体であるジョーカー淳が、このもう一人の黒須淳に気づかない程度なのだ。
 しかし、噂が広がりきる前にジョーカーは気づくだろう。日に数人、イデアルエナジーを回収に向かわせたプログラムに、エラーが出ていることを。そうなれば、あっという間に意識の世界にしがみついているのがやっとの黒須淳は見つかり、イデアルエナジーを吸い尽くされて、魂を丸ごと消されてしまうだろう。
「やっぱり、ジョーカーの時のように……不特定多数に情報発信するやり方がいいのかな……」
 本来は発信した情報の中に組み込まれていなかった影人間の噂。あれは完全に予想外だった。街の人々の想像に頼るところの多い情報量の少なさだったから起こった悲劇だ。
 今回は実際にプリティ☆メルクリウスは姿を現し、影人間になった人々を救うことにより、ある程度実際の情報を持っている。実はテロリストだったとか、とんでもない方向には進まないとは思う。なにせプリティ☆メルクリウスは何を考えてか、清純さをイメージしやすい魔法少女なのだから。
「とりあえず、子どもたちに好かれる役割にしたのは、噂があまり予想だにしない方向に暴走しないようにっていう、フィレモンなりの規制だったんだ……よね……」
 淳が恥ずかしげにそう言うと、フィレモンは表情も見えないのに、笑っているのがわかった。
「さて、それはどうだろうね?女装した君の姿を見てみたかった、という、それだけの理由かもしれないぞ」
「んなっ……!!」
 このフィレモンの時々出てくる振り回す態度には、どうもまだ慣れない。
「というのは冗談で、私は手っとり早く君が強くなる方法を知っているよ」
 淳が差し出した人差し指に、そっと虹色の鱗粉を風に乗せながらフィレモンは止まる。
「それは、君が、つきない幸せを手に入れることだ」
 淳は呆気にとられたような表情をしてから、しばらく考え込む。
「そんなもの、手にはいるわけがないじゃないか。幸せだとその時感じても、いつかはその感覚を忘れてしまうのが人間じゃないか……」
 だから人間はどこまでも貪欲なのだ。イデアルエナジーの塊なのだ。淳はジョーカーだった時の記憶が蘇り、頭を振った。
 フィレモンは笑う。
「いや、手に入れてもらわねば困るのだ」
 この金色に身をまとう美しき少年には、どうしてもマンダラの頂点に立ってもらわねばならないのだから。そして、相棒を心の底から悔しがらせてほしい。完全なる人間の心の存在を示してほしい。その答えを……見つけてほしい。
「君は、つきない幸せを手に入れ、最強の魔法少女になる」
 そう力強く、神のような存在のフィレモンに言われては……淳は戸惑いながらも、うなづく他なかった。

 放課後、帰る準備をしているとき、トントンっと机をたたかれて、ふっと顔を上げると、このクラスの学級委員長がいた。
「なぁ黒須、今日パンツ番長からおまえが元気してるかって訊かれたぞ」
「へ?ミッシェルが?」
 この春日山高校のルールである番長であり、ガスチェンバーというバンドのヴォーカル、ミッシェルを名乗る三科栄吉。彼のような人物が、いったい何の用事があるというのだろうか。
「ほら、長いこと不登校してたろ?それでなんかあんじゃねーの?面倒が起こったら、おまえだってしんどいだろ?とっとと会っといたほうがいいぜ」
「……う、うん……」
 そう答えながらも、つきない幸せってなんだろう……そのことで、淳の頭の中はいっぱいだった。
 幸せで思い出すのは……十年前のことばかり。だけどそれは、もうすでに終わってしまった過去。つきてしまった幸せだった。

   4

「あー、転校生だろう?そういやあいつ、長い間不登校してたけど、最近はまじめに学校に通うようになったぜ」
「そ、そうっすか、だったらいいんです、ありがとうございました!」
 栄吉は表情を明るくして先輩に頭を下げた。
 3ー1の教室にきたとき、やたら栄吉がそわそわしだし、スマン、と声をかけるとすぐに学級委員長だという男子生徒の元に質問に行ったのだった。
 この学校はやけに影人間が多いな、と部屋の隅でだいぶ黒くなってしまった男子生徒に話しかけてみる。
「転校生……あいつだろ……クロ……なんとかいう……芸能人の息子とか……まぁいいか……そんなこと……どうだって……」
「……転校生……ねぇ?」
 栄吉がやけに熱心に委員長に聞いている転校生とやら、栄吉だけが真剣ならまだしも、春日山高校に縁のないはずのリサまでが少しソワソワしているのが気がかりだった。
「謎の転校生クロ……ね?ハザマクロオ、だったりして?」
 あまり真剣に考えていない達哉はハハハっと笑う。
そして、熱心に話を聴いているリサの後ろに近づいて、コンっと頭をこづく。
「ちょっ!やめてよ達哉!なんなのよぉ!」
「気になることでもあるのか」
 思ったよりも達哉が真剣な表情をしているから、リサは戸惑ってしまったらしい。
「え、栄吉がなんだかソワソワ転校生のこと探ったりしてるから、誰のことだろうなーって思ってだよ……べ、別に浮気とかじゃないからぁー」
 と、冗談混じりにリサが腕に抱きついてくる。そんな栄吉とリサの様子を見て、大人二人も何かを感じているようだった。
「そ、それにしてもさぁー最近変な話題が混じってるよね。魔法少女プリティ☆メルクリウスっていうの?カス校生、アニメの見すぎなんじゃない?はぁーやだやだ。高校生にもなって幼児向けアニメェー?」
 リサはわざわざ、あてつけるように栄吉を見る。
「はぁ?カス校がなんだってぇー?」
 さて、栄吉とリサの毎度のケンカが始まりそうなので達哉はリサを腕からほどいて、冷静に話し合いをしていた大人の女性二人の下へと退避する。セブンスのカリスマということで盾にされることが目に見えている。あのケンカに巻き込まれたくなかった。
「あー、魔法少女!それねぇ……さっきまでユッキーと話してたんだ」
「一応、舞耶さんに頼んで噂の分布をメモっといてもらったんだけど、平坂区が話題に出ることが多いみたいなんだ」
 ゆきのは達哉にメモ帳を差し出した。
「……本当だ」
 一ページごとに地区ごとの噂が書かれており、その次のページに簡単な地図が書かれ、どこでどんな噂を聞いたか、どこでどれくらいの規模で噂されているかがメモされていた。気になることはなんだってメモしちゃうなんて記者の鏡よねぇ~と舞耶は得意げに言う。でも、一番最初に気づいたのは実はユッキーなんだけど、と笑う。
「特に、その魔法少女なんて縁のなさそうな、春日山高校や平坂区で一番話題になってることが多いのもポイントよね。学校もあって子どもの多い蓮華台や若い子の集まる夢崎区とかならわかりそうなもんだけど」
 転校生のことはリサと栄吉ほど気にならなかったが、突如現れたこの話題には少し興味があった。もしかすると噂悪魔かもしれない。倒せば魔法少女ステッキとか、そういうステキなアイテムを落とすのかもしれない。コレクターとしては少し気になってしまった。
「一番不思議なのは、噂というほどの認知度がないのよ」
「ほら、周防も気づいてただろ?この話題を出すやつを見る冷たい視線をさ」
 ゆきのがふふっと笑う。
「高校生男子が夢中になってるのが魔法少女とかねー……」
 確かに人を襲うおそろしい悪魔なら注意喚起も含めて広がることもあるだろうが、オタク男子のたわごとならば、頭がカワイソウなのねで流されてしまうかもしれない。
 少し興味があったので、葛葉探偵事務所に持って行こうと思ったが、このレベルでは広げることもできないだろう。
「一応、その魔法少女を見たって子に絵を描いてもらったんだけど、見る?」
 舞耶はクスクス笑いながら、メモ帳のページを開いた。そこにはへたくそな絵ながらも、印象的な少女が描かれていた。前髪が長くのびていて右目を隠していて、大きなリボンが頭と腰についている、三段フリルのワンピースを着ている。手にはロケットがついたなんだか奇妙にねじくれた杖を持って、その周りを飛んでいるのは一匹の蝶だった。キラキラをイメージさせる星が周りに書き込まれており、金色、と書かれている。
「金色の蝶?」
「そうよね、ちょっとだけひっかかるわよね」
 金色の蝶といえば、達哉たちにペルソナという不思議な能力を与えてくれたフィレモンという得体の知れない人物を思い出すからだ。
「……探る価値があるってことか?」
 達哉がそう言って舞耶を見るとこくんとうなずいた。
「彼の方から滅多に連絡をとってくれないんだから、私たちから調べてみるのもありだと思わない?」
 もしフィレモンが関わっているのだとしたら、今度は何をしようとしているのだろう。
「ふふふ。仲間だったらいいねぇー!心強くない?魔法少女、プリティ☆メルクリウス!」
 その似顔絵を描いた生徒から教えてもらったというキメポーズをとる。達哉はそれを無視してじっとメモ帳に食い入っているものだから、舞耶ははずかしそうによろけながら足を下ろした。
「天野さん、このラクガキもらっていいか?」
 なんだかひっかかるのだ。この、隠れた右目……どこかで見たような気がして……思い出せそうで思い出せなくて、イライラしながらポケットからジッポーを取り出し、ふたをチンッと鳴らした。心の拒否をずいぶん久しぶりに感じた気がする。
 あまり転校生について収穫がなかったのか、溜め息をつきながら栄吉が、猛牛の首根っこをつかんでやってくる。
「なぁに楽しそうな話してんじゃん」
「ケッヘイ!はーなーせぇー!」
 ようやく長身の栄吉の手から解放されて、リサはほっと一息ついた。そして栄吉のすねを思いっきり蹴り上げる。
「あでっ!!何しやがんでぇこの猛牛女ッ!!」
「ほら、ちらほら出てくる魔法少女の話、ちょっと気になるかなーって」
 顔を真っ赤にしながらさっきポーズをとっていたことをごまかすようにして、舞耶は栄吉に説明をはじめた。栄吉も考え込んだ様子で首を傾げる。
「そうなんだよなぁー……たまぁにちょっと気持ち悪いやつらがいるよなぁ……」
「所詮低偏差値のカス校だからねぇー!アニメとか夢中になって見てるヒマがあるんでしょうねー?」
 またリサと栄吉のケンカがはじまりそうになったのを、ゆきのが止めた。
「こぉらリサ!だーまーれ。とりあえず栄吉、あんた本当にプリティ……クリメル……とかいうのに心当たり無いんだね?ほら、漫研とか映研とか演劇とか……学園祭の出し物でそんなものがあったとかさ……」
 うーん、と栄吉は考え込む。
「出し物については全部目を通してあんだ……トラブルがあっちゃいけねぇしな。でも、そういう魔法少女だのなんだのってのは聞いたことねぇんだ……あるなら普通覚えてるだろ……男子校で魔法少女とか……」
 ハハハっと情けなさそうに笑う栄吉に、それもそうだ、とゆきのもうなずいた。
「ねぇ、もしかしてさ、仮面党となんか関係あったりしてね」
 リサが机に座って足をぶらぶらさせながらメモ帳を見ている。
「だって影人間の多さと魔法少女の出現場所、関係ありそうじゃない?」
 そのリサの言葉に、みんなの表情はこわばった。
「……こういう何が目的かわからない噂は……もしかしてもしかするかもね……」
 さっきまで笑って話していた舞耶でさえ、急に不安になったようだった。もう少しみんなで手分けして、もう一度魔法少女の話題を探ることにした。
 達哉がその話題にあまり乗り気にならず、一枚の紙とにらめっこをしているのを見て栄吉が声をかけた。
「おい周防、聞いてたのかよ!大事な話じゃんか……ってそれ、例の魔法少女の似顔絵か?」
 栄吉は達哉が握っている紙を後ろからのぞき込むと息をのんだ。
「それ、まさか黒須先輩じゃねーよな……」
 ハハっと栄吉が笑う。前髪で右目が隠れてるんだと仕草で説明をする。
「その先輩さ、ちょっと女っぽい色気のある人でね、春日山高校で変な人気もあるんだよ。その絵描いたヤツにからかわれたのかもしんねーな!名前も淳って言って、女みたいな名前だし」
 その絵描いたヤツはちょっとシメなきゃいけねーな……とか栄吉が笑いながら言うが、達哉の耳にはどうも入っていないようだった。
「……黒須……淳?」
「そう、あの大女優の黒須純子の息子だよ。春日山高校のちょっとした自慢の一つさ。名前が似てるからすぐにアレ?ってなるだろ?」
 ヘヘヘっと栄吉が笑う。
「ふーん……ジュン……な……」

   ◇ ◆ ◇

「その転校生さ、黒須淳っていうらしいぜ、もうちょっとなんか話題ないのか」
 もう少し情報収集をすることになり、みんなが散っていった後、例の転校生を思い出しそうな影人間のところにまた寄ってみた。
「……どうでも……いい……」
 見開いた瞳はただ地面を見つめ、ボソボソと話すのみ。すべての気力を失った彼からはこれ以上情報を集められないかもしれない。達哉は机に腰かけて足をブラブラさせながら、夕暮れに染まる空を窓越しに見た。
考えることをやめた彼ら影人間は、耳にした単語に対して条件反射してしまうことがある。だから、上手に利用すれば、影人間の見えない人々にバレずに情報収集することも可能なのだ。
 手の中にぎゅっとジッポーを握りしめ、影人間の無表情な横顔を見る。
 達哉には、十年前の夏休みのたった一ヶ月間の記憶だけが不自然に抜け落ちている。そのほかはだいたい覚えているのに……だ。それには理由があって、十年前に起こったアラヤ神社の火災の時、犯人に後ろから刺されたからだと両親は説明してくれた。だけどなにもかもがおぼろげで、そういう話を聞いても他人事のようにしか思えなかった。
 しかし、右肩胛骨の下あたりに小さな傷跡がまだ残っているから、実際に何かしらあったことはわかる。そのことを思い出そうとすると傷口がえぐられるように痛み出す。ひどいときにはそれで貧血症状を起こしそうになる。
 だから、あまりその記憶には触れないようにしているが、もしそういう症状に襲われたとしても、八歳のころから持っているジッポーを握りしめると、なんだか安心できた。これはどうやら達哉にとって特別な品らしく、病院でも手離そうとしなかったという。一種異常なほどそのジッポーに執着を持っていた。
 しかし、このジッポーをどこで買ったか覚えがないし、父さんも母さんも兄さんも、達哉がどこからこれを手に入れたのかを知らなかった。かといって、達哉以外の指紋は発見されず、放火犯の手がかりにはならなかった。
 達哉が返してくれとあんまり言うものだから、調べつくして用事が無くなると警察は達哉にちゃんと返してくれたのだ。一時期達哉にも放火の容疑がかけられていたことをその時知った。
――このジッポーを介して誰かと何か、大切な約束をしている。おぼろげにわかっているのは、それだけだった。
 だから、このジッポーは、十年前のたった一ヶ月の記憶を探る鍵になるはずだ。何か、とても大切な思い出の鍵だった。
「ジュンって……聞いたことあるんだよなぁ……テレビで黒須純子を見たっていう単純な理由かな……それとも……」
 夢の中に現れる少年。清潔なワイシャツにサスペンダーで吊った黒の半ズボン。真っ白なソックスに革靴……という身なりの、いかにもお金持ちそうな少年だった。一番特徴的なのはその天使のようにかわいらしい顔だった。そしてその右目にかかる長めの前髪。
 そう、丁度この、魔法少女の似顔絵のような感じだ。最初に見たとき、名前もジュンだし、本当に女の子かと思った。だけど、達哉といっしょに木登りをしたり、アラヤ神社の境内を駆け回ったりと、その顔に似合わずいっしょにやんちゃをした。転んでも泣かずに立ち上がり、誰の手も借りずに膝の砂を取り払ったところを見た時、なぜかジュンも男なのだなと思った。
「覚えてる事ってすごく断片的なんだよな」
 ぼんやりと、そういう子と遊んだということだけは覚えている。それなのに、彼を思い出すだけで心強くなれた。ジッポーのふたを、チンッと鳴らす。何かと彼に符合した小さな出来事が重なるものだから、この魔法少女を探れば、長い間夢に見ていたあの少年に出会えるのではないかと内心、期待しているのだ。
「そういや名前しかしらないな」
 小さい頃、名字まで気にすることはあまりなかった。お互いをなんと呼びあえばいいか、それさえわかっていれば、何の不都合もないのだ。
「黒須淳かぁ……ちらっとでもなんか覚えてないのか?クロス……ジュン……ほら……」
 影人間はもう、本当に達哉のおしゃべりにつきあうのさえ面倒臭くなったようで、すっかり口をつぐんでしまった。一層、影人間化が進み、闇に溶け込む黒色に染まっていく。
「……本当、いつまで正義のヒーローぶってられんだろ」
 人気のないところを移動しているだけで次々に襲ってくるジョーカーの刺客、悪魔。命の危険にさらされながら調査を続けるが、所詮は高校生。未だにジョーカーの正体もこの街に起こっている不思議の原因もわかってはいない。自分たちが走り回っても進展があるように思えなかった。
 むしろ、こうして影になっていく犠牲者たちを見ていると心が痛んでしかたがない。また一人、救えなかった……。そんな現実を突きつけられるたびに、ジョーカーを憎んでいいはずなのに、いつの間にか無力な自分の方を恨んでいた。
「くっそ……」
 少しずつ透けていく男子生徒の体……窓の夕暮れはあまりにまぶしくて、達哉は空を見上げた。もう外はだいだい色に染まっている。あたたかな光を見てなんとなく体をゆるめて、ほぅっと溜め息をついた。今の達哉に必要なのは、何か大きな変化だった。
 その時突然、まるでジェット機のように空気を切り裂くような猛烈な音を立てて、こちらに向かって、光り輝く何かがつっこんでくるのが見えた。
「あ、悪魔か!?」
 一人でかなう相手ではないかもしれない。情けないながら、とっさに机の下に隠れ、携帯をとりだしてボタン一つで舞耶につながるように待機した。
「うわぁああああああっ!」
 キキキキキ!!っと何かが空中でブレーキ音をたてて、ぎりぎり窓ガラスにぶつからぬ位置で制止する。驚いて机の下からのぞくと……見えたのは……間に杖をはさんだスカートの中の……真っ白なパンツとガーターベルトのゴムとストッキングに包まれた、ほっそりとしたふとももだった。窓ガラスに押し付けられてやわらかな肉がむにっと変形した影にみょうな興奮を覚えてあわてて前かがみになる。
 この非常識な登場の仕方は……もしかして……。
 ガラっと窓ガラスの開かれる音がした。
「ふぅ……ふぅ……ケ、ケリュケイオーンの暴走……な、なんとかならないかなぁ……」
 少女はふぅーっとため息をつきながら体を丸めた。
「ふふっ、まだ淳の中のイデアルエナジーが少ないから、まだヘルメスの力を制御しきれんだけだ。……ほんの少しの辛抱だ」
 楽しそうに笑う、男の声。達哉は淳という名前とイデアルエナジーという言葉に反応して、もう一度そっと机の下から顔を出した。
 まぶしいほどの金色の光、逢魔ヶ時に姿を現したのは……もう秋だというのに恐ろしいほど薄着の……美少女だった。
 光を弾き返して、黄昏の海のように煌めく、その下着のように生地の薄いワンピースには、窓から射し込む光のせいで、細いボディーラインが影となってその布地くっきり浮かび上がっていた。カツカツと十三センチはありそうなハイヒールで歩くたびに、短いスカートがひらりと舞い、下着が見えそうで見えなくて、思わずじぃっと見入ってしまった。
 その美しい少女は影人間に用事があるようで、達哉の隠れている机にひどく近いところで立ち止まる。
「……ひどい……だいぶ黒化が進んでいるね……」
 美少女は達哉の間近、影人間のそばに立つと、そっとその影人間のほほに手を伸ばした。達哉はそれよりも、目の前にある白いストッキングに包まれた細い足に夢中になっていた。少し目線を上げれば……ついに見えた……まるで黄金の庭に舞い降りた白鳥……白いパンツが。これ以上目線を上げられないよと目の筋肉が叫び、痛くなるのもこらえて視線をあげる。細い脚のすきまから、やわらかな肉をつつむ白い布が……鼻息が荒くなってきた。
「フィレモン……僕、情けないよ……」
 体が揺れると、金色のワンピースがひらりと揺れた。
「身近なクラスメイトが影人間にされたのに……こんなに黒化が進行してから……気づくだなんて……」
 金色の蝶がひらひらと舞い、ちらりと達哉の方を見た、気がした。
「ケリュケイオーンは激しい黒化に反応して、重症な人間の元へ飛んでいく。優先順位を守れば、こうなってしまうのもしかたのないことだ……」
 美少女は前で手を組んで杖を持っていた。強く力が込められた手のグローブと杖がこすれ、ぎゅっと握りしめる音がした。泣いているのか、ポツリポツリと光る滴がリノリウムの床に落ちる。
「う、うん……」
「淳。まずは君がしあわせになることだ。そうでなければこの目の前の少年も救えないぞ」
 ぐっと涙を拭い魔法少女が黄金の杖をふるう。
「へるめてぃっく……あるべど・ぷりふぃけーしょん!!」
 バトンの先に金色の蝶が止まると、黄金の光線が影人間になった少年の元へと飛んでいく。達哉は釘付けになった。この魔法少女は、いったい影人間になってしまったこの少年をどうしようというのか……。少しだけ顔を出した。
 美少女の体が翼でも生えたかのようにふわりと舞い、黄金の卵に変わった少年を抱きしめるような仕草をする。
「そうか……つらかったね……親から志望校をあきらめるように言われたんだ……」
 美少女は金色の風の中、ふわふわとその美しい黒髪をなびかせながら、やさしく少年に語りかける。やがて、金色の卵にひびが入ると、美少女はストンっと降り立った。すると突然、影人間になった少年の色が戻り、元気よく飛び跳ねた。
「パーフェクションッ!」
 思わず達哉は回復したその少年のテンションに吹き出しそうになるのをこらえた。しかし、よく考えてみろ、影人間にされた人間が救われただなんてものすごく大きなことじゃないかと、必死になって己の笑いを追いやろうとした。
「あれ、俺……こんなところでどうして……」
 ポリポリ頭をかきながら、目のやり場に困るコスプレ少女から視線をそらしながら男子生徒は言う。
「君はジョーカーに夢を言えなかったんだね。だから影人間にされていたんだ」
 男子生徒は携帯を取り出して、あぁ、と小さくつぶやいた。
「突然現れたジョーカーに驚いてしまっただけで、君にはきちんとかなえたい理想があったのにね……」
 魔法少女はにっこりとやさしくほほえんだ。
「……そ、そっか……俺、ジョーカーさまに……噂通り影人間にされてたんだ……じゃ、じゃあ、君はもしかして……」
 少年はまだよく事態がつかめていないらしくてもじもじしていた。
「あ、あの、聞いたことあるかもだけど……」
 コホンっとせきを一つして、突然美少女は黄金の杖をくるくる回し、すぅっと股の間に杖を挟み、かわいらしく右膝をあげながら左手で敬礼ポーズを取る。
「魔法少女、プリティ☆メルクリウスっ!あなたの夢見る力、もう一度お届けにまいりましたぁ!ビシィっ!」
 そして、少女の謎のテンションに少し引いた少年が、あ、あぁ……とか言っている。魔法少女はさすがに恥ずかしくなったのか、少しだけふらふらとよろけた。それを見た瞬間、ついに達哉はこらえきれなくなって笑ってしまった。
「ぶはっ!ちょっ……か、かわいいのになんか……ぶふふっ!」
 立ち上がろうとしてガンっと机の引き出しに頭をぶつける。
「ぐあっ!ってぇ!?」
 きょとんとこちらを見る男子生徒、そしてわなわなとふるえるポーズを付けたままの魔法少女と目があった。
「ひ、ひぃいい!!み、み、見られてたよぉー!フィレモーン!!」
 そうこうしているうちに、キョトンとしている少年を置いて、顔を真っ赤にして魔法少女が逃亡しだした。
「いいじゃないか淳、見てもらうことが噂になる第一歩で……」
「やだよおおお!!こ、こ、こんな恥ずかしいところぉおおお!!」
 達哉はなんだか逃がしちゃいけないような気がして、あわてて魔法少女を追いかける。これでも幼い頃から足には自信があった。よろよろとハイヒールで走っている彼女に追いつくのは余裕だ。しかし、さすがに達哉からは逃げきれないと悟ったか、あの股のやわらかな肉をぐいぐい押しつけられていたうらやましい黄金の杖……空を飛ぶのに使っていた杖にまたがろうとしていた。ふわりと魔法少女の体が浮いた。達哉は魔法が使えるが、彼女のように空を飛ぶことはできなかった。逃すまいと強く床を蹴り、両腕を広げて飛び上がる。
 後ろから突然抱きつかれて、ケリュケイオーンにまたがっていたプリティ☆メルクリウスはバランスを崩して落ちてしまう。
「くっそぉ!逃がさねぇぞぉ!話っきかせろおおおお!!」
 達哉は落ちる恐怖より、なぜだか魔法少女を逃がしてしまう後悔の方がこわかった。
「わ、わ、わぁあああああっ!」
 そして、必死にしがみついている間に服の脇のつなぎ目からビリっと破れる音がして、ズルッポーン!っと衣装が脱げた。そして二人で一メートルほどの高さから落下した。
『うわぁあああああっ!』
 魔法少女の体が落ちてきて、その膝が見事に達哉の腹に決まった。
「うごぶぅっ!!」
「ごめっごめんなさぁあああい!!」
 涙目の景色の向こう、魔法少女がわたわたと達哉から降りようとしているのが見えた。しかし、ハイヒールでは動き慣れていない彼女は今なら簡単に捕まえられる。達哉の手が、がっしりとふるえる魔法少女の腕をつかむ。
 達哉は激しく廊下にぶつけた頭をなでさすりながら、顔を上げた。ふらふらしながらも、魔法少女の方もどうやら無事だったようで……。
 しかし、彼女の格好を見て達哉は止まってしまった。パフスリーブとワンピースのつなぎ目がちぎれて腰までずり下がってしまった。丸見えになったのは、まったいらな……胸と、ほそい腰、かわいらしいおへそ。
……思わず熱のこもった視線で、じっくりとながめてしまう。
「あ、あ、あ……」
 だんだんと自分の体の下でむくむくと大きくなってくる達哉のものを感じながら、魔法少女の目が涙目になってくる。
「へ、へ……」
 そして混乱した魔法少女によって、頭部をその黄金の杖で……
「変態ィイイイイイイイイイイ!!」
 ポコーンっとたたかれ、達哉は気絶してしまった。
「わぁあん!ひどいよっひどいよおおっ!」
 服を引き上げてわんわん泣きながら魔法少女は杖に乗って飛んで行ってしまった。

 その後、廊下に響きわたった魔法少女の声を聞いて驚いた面々が集まって、達哉を助け出してくれたが、ワイシャツは鼻血で真っ赤に染まっていたため、救急車を呼びだす大騒ぎになった。

「ぐすっ……あ、あの人だいじょうぶかな……」
 淳はだいだい色の空を飛びながらフィレモンにそう言った。
「ん?どうかしたのかい?」
「ぼ、僕の膝、もろにおなかに入ってた……」
 こんな時でも心配するのは他人のほうか、とフィレモンは笑う。
「大丈夫さ。あの程度で死ぬような体力はしていないよ」
 淳は意外そうにフィレモンの方を見た。
「……ふぅん?彼、フィレモンの知ってる人?」
 蝶のフィレモンの表情はうかがい知れないが、どことなく憂えたような声色だった。
「あぁ、そうだ」
 まだ裸を見られたショックで鼻をぐすぐす言わせながら、淳はマンションへと帰っていく。
「……そっか……じゃあまた、会えるかもしれないね……」
 ずっとドタバタしていて、ちらっとしかその顔を思い出せないけれど……ずっと会いたかった人に似ているような気がしたから。

 その夜、達哉はロンググローブにパフスリーブのみというえらくフェティッシュな格好の魔法少女が股間の上に馬乗りになった姿を思い出しながら、いい夢を見たという。

【 続きはご本で♪ 】

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

大幸妄太郎

Author:大幸妄太郎
ペル2(達淳)・ドリフターズ(とよいち)に
メロメロ多幸症の妄太郎です。女装・SMが好き。
ハッピーエンド主義者。
サークル名:ニューロフォリア
通販ページ:http://www.chalema.com/book/newrophoria/
メール:mohtaro_2ew6phoria★hotmail.co.jp
(★を@にかえてください!)

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleQRコードsidetitle
QR