ニューロフォリア ハマオン!
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ハマオン!

2011/12/22に発行された達淳本でした!!
ハマオン!表紙

ジョーカーだった頃の過去に引きずられ、自暴自棄になっていく淳。達哉は淳を守るために体を張り続ける。そんな達哉を守りたくて淳は古武術を習うために豪傑寺の門をたたく。ところが小僧達のいたずらのせいで巫女装束に!? ストーリー重視、淳から達哉への思いがテーマ。
ハマオン!



ジョーカーは仮面を取った。何があっても一切表情を変えることは無い道化師の仮面を…そして冷静を崩さぬジョーカーの心も一緒に。
仮面党のリーダーであるジョーカーは消え、一人の人間、黒須淳になる。青ざめて透けるように白い肌、額には玉のような汗をにじませていた。雫は集いあい、筋となって流れ落ちる。
「…また…僕はとんでもないことをしてしまったんじゃないだろうか…」
苦悶の表情を浮かべる人々の顔が脳裏によぎる。止められない涙が澄んだ目から溢れ出し、涙を零れ落ちるままにさせて、淳はベッドに泣き伏せた。誰も居ない暗い部屋。絶対に見られてはいけない涙。声を外へ漏らさぬために、シーツを噛み締める。心に迷いは無いはずなのに、心が泣いていた。
「…んっく…っ…」
ジョーカーになりたての頃、そして、ジョーカーの噂が広まりつつあった頃…あの頃は仮面のまま残酷に
生きることができたと言うのに、周防達哉に会ってから少しずつ淳の心に戸惑いが生まれだしていた。
影人間になっていく人間のうつろな表情を見ると、残酷な心が薄れていく。思わずイデアルエナジーを吸い取る水晶髑髏を握ったその手を止めそうになる。
でもこれは、人類の幸せを願う父さんの夢を叶えるための行為で、イデアルエナジーは絶対に必要で…そう、これはジョーカーの使命。少しの犠牲で大勢の人々が助かればそれでいいのだ。
 しかし、淳がイデアルエナジーを奪った人間は、これから先、決して幸せにはなれない。誰にも見えない影となり、友人や家族、そしてこの街の人々から忘れ去られ、遂にはこの世から存在自体が消え失せる…そのままその人物は果ての無い無力感にとり憑かれるのだ。それはきっと、死よりも怖ろしいこと。
ジョーカーは夢を持つ者にとって最後の切り札を届ける天使であり、夢を持たぬ者にとっては黄泉の死者よりも怖ろしい断罪人だった。矛盾した性質を持つ 存在、人間に与えられた希望であり絶望。そして、  その絶望こそが人類を進化に導く為に必要不可欠なものだった。人類は幾度もの危機を乗り越えるからこそ進化した。
それは歴史が明らかに示す道。進化こそが人類にとって大きな幸せをもたらす。だからその思想を父  さんが言うままに淳は迷いを断ち切って、ジョーカーの仮面を被り、希望を演じた、絶望も演じた。しかし  ジョーカーという存在は大きくなるほどに徐々に弱い淳の心を喰らい尽くそうとした。
ジョーカーは皆から必要とされても、この小さな淳という存在には誰一人気づくことはないのだ、そして誰一人、淳という存在を必要としていない。
学校に行っても一人。家にいても一人。だから、この仮面党というジョーカー・淳を必要とする団体に執着した。
皆が例え必要としているのがジョーカーという存在であったとしても、仮面の下の淳を必要としてくれているように感じたから。救いを求める民の手を優しく労わる聖母の如く握りかえした。
淳が辛くなるたび、何度となく握り締めてきたのは、銀色に光る時を刻まぬ時計。それは闇に包まれた曖昧な記憶の中、誰も必要としない淳という存在をこの世に結びつける唯一の絆だった、わずかに伸びる細くて脆い蜘蛛の糸。淳が淳でいるために必要なもの。  父さんに見つかればきっと壊されてしまうと思い、   いつもポケットに潜ませて隠していた。
 こうやって泣きたくなると、そっと冷たい銀色に触れる…白いシーツの上にそっと乗せて、月光に照らされて光る様を楽しむ。青い光を反射する優しい銀。
「なんで…君といるとほっとするんだろうね?」
 ベルトのでこぼこした部分を指でなぞってそっと笑う。
その時計にまつわるエピソードはつらい思い出のはずなのに…どうしてこんなに安らぎを感じるのだろう。自分たちに夢を持つことの大切さを教えてくれたお姉ちゃん。大切な親友と二人で、お姉ちゃんを守ろうねと約束して、淳が父さんからもらったジッポーと交換した誓いの証。淳の腕には少し大きい時計。
 だが、その親友は淳を裏切り、よりにもよってみんなの大事な思い出のアラヤ神社で、お姉ちゃんを殺した。
10年経った今でも決して忘れられない光景。社を包む炎の照り返しを受けた幼い周防達哉の無表情。
その目は何も映さない。その情景を思い出すたび、何度この時計を放り投げてしまおうと思ったことか。だけど、その度にこの時計を手が離そうとしないのだ。何度打ち付けても、痛めつけても、血にまみれても。だから…だからしかたなく…そっとポケットに隠す。
そんな矛盾した感情のせいで、触ると苦しくて泣きそうになることもある。だけど、心が不思議と落ち着くのも事実だった。
支えるべき人は多くとも、支える者が誰一人居ないこの世界で、壊れそうな淳を唯一、支えてくれるのはこの小さな時計だけだ。何人もの人を死に追いやる血まみれの手で、そっと清らかな銀色に触れた。
朝起きると、今日も淳は仮面を被り、ジョーカーとなる。もやもやとした絆の記憶を断ち切り、落ち着いた心には父さんが嘘をつくはずが無いという確信で満ちている。
もう時計は必要じゃない。それだけを信じて、今日もみんなの幸せを夢見て、人類を進化させるために淳は人間を絶望に追いやりに行く。その手を血に染めながら幸せへの道を開くために。そんな矛盾だらけの世界に傷つき続ける、そんな淳の心を知る銀色の時計はポケットの中でただ黙っていた。

「淳…」
 朦朧とした意識、上を見上げると白い羽がいくつも舞っている。それはまるで天国の光景。そこに見えるのは親友の顔…心配げに淳を見つめる茶色の瞳。
(そっか…僕…達哉に倒されたんだ…)
自分の望みと関係なく、淳は父から与えられた力でエンジェルジョーカーとして暴走した。
それを本当の仮面党の仲間が淳を止めてくれたのだ。すでに治療魔法がかけてあるのだろう、血を流す傷口がゆっくりと塞がっていくのを体中に感じる。これは、淳の中のジョーカーを斬り殺した傷。みんなの愛が与えてくれた傷。かすかな蜘蛛の糸をたどるように求めた絆を淳はようやく手に入れたのだ。
 ふとズボンのポケットが軽いことに気づくと、淳の目が戸惑ったように彷徨った。それを見て達哉は笑顔になると、胸に置かれた淳の手に、そっと腕時計を握らせてくれた。その何気ない達哉の行動が何故だかうれしくて、淳は涙した。
「おかえり、淳」



 昔の仲間達と一緒に戦うことを決意したものの、淳の心には未だに取れないしこりがある。決して忘れてはいけない罪の意識、奪った人の命、自分への断罪。淳の戦い方は皆から見れば無謀に映るようだった。
 淳の武器は殺傷能力に特化した鋭い造花。敵に投げつけ、急所を撃つ事によってダメージを与える飛び道具。
だけど、ふとした瞬間、罪の意識に駆られ、自分が生きるために武器を振るうことに嫌気が差し、距離を狭めて、直接その武器を敵の急所に刺そうとすることがあった。
深々と悪魔の体に突き刺した造花を抜くと血、しぶきが上がる。悪魔の血を浴びて、淳は恍惚とした。悪魔の血で穢れていく自分に満足をした。
しかし、止めの刺しきれていなかった悪魔に逆襲された、完全なる油断。体を横になぎ倒され、その勢いでダンジョンの埃っぽい床の上を淳の細身の体が勢いよく滑っていった。激しい摩擦がようやく淳の体を止める。水色の制服のあちこちが擦り切れてしまった。
「ゲホッ」
口から吐き出されたのは真っ赤な血だった。歪んだ視界に映るダンジョンの床をぬらりと光らせるのは、淳の血だった。目の前の真っ赤な道を美しいと思った。
わき腹の大きな切り傷に触れると、淳の手が鮮血に濡れた。それを見る淳は苦痛の表情ではなく、薄笑いを浮かべる。そんな様子を見て苦い顔をした達哉が刀を構えて駆け出し、悪魔に止めを刺した。
そんな無謀と油断の戦いを何回も続けるごとに、達哉の視線が厳しくなってきた。次第に淳は後衛へと回され、常に達哉の背中を見るポジションに回された。遠距離武器だからそれでいいだろうと達哉に言われたが、それでは血は、痛みは、自分への断罪は成されない。淳はとても不服そうだった。
神々は人間の罪を癒すために血を流した。世界の罪を癒すために、痛みを一身に引き受けた…。きっと、淳の罪が癒されるのだとしたら、影人間になった人々の為に血を流し、痛みを一身に引き受け、彼らを忘れないことだろうと、そう思うのだ。

「また…やりやがったな…」
悪魔の血はほとんど淳の血で洗い流されてしまった。淳は満足そうに笑っている。血で濡れた体を達哉に  ハンカチで乱暴に拭われながら、傷口に薬を塗りつけられる。乱暴で痛くて、気持ちがいい。
「…どうして怒るの?あいつは近距離攻撃に弱い敵
だったんだよ?とても賢い選択だと思ったんだけど」
笑顔の淳の目に光は無い。戦闘が終了し、回復魔法をかけてもらっても意識が混濁している淳を背負い、ダンジョンを出た。
そのまま達哉は仲間達に別れを告げ、朦朧とする淳を何も言わずに無理矢理バイクに乗せると、自分の家まで連れ込んだ。有無を言わさず血まみれの学ランとシャツを脱がされ、ベッドの上に座らせられると、こうやって淳の傷の治療を始めたのだった。
ほぼ無言の達哉は怒っているのがまるわかりだった。何度魔法をかけても微妙に残った傷口に薬を塗りこむ。乱暴で痛い、子どものように淳に八つ当たりをしているようだ。淳は別に自分がどうなろうと構わないから、達哉にされるがままだった。あんまりひどくされると、痛みについつい声をあげる。それでも達哉は無言で作業を続ける。ずっと黙りこくっていた達哉の口が、わずかに開く。
「おまえ…もっと自分の体を大事にしろよ…」
裸の上半身、真っ白な肌、わき腹に走る赤い切り傷は美しいと淳は思う。これは着飾る行為と同じで、何も悪いことではないんじゃないか?自分が血を流すほどに、痛みを感じるほどにこの身は清くなるというのに、達哉がなぜそれを責めるのか、淳にはわからない。
「達哉、ねぇ?何を勘違いしているのか知らないけど、僕って本当なら生きる価値も無い人間なんだよ?
使い捨てにしてくれて良いんだ。そんな人間に怒るなんておかしいよ」
そう言いながらも、一生懸命になって傷口に薬を塗る達哉を愛しそうに見つめた。自分の罪を血と痛みで清めたい淳の思いとは正反対の、淳を生かそうとする達哉の思いをなぜか愛しく感じるのだ。矛盾している自分の心にむずがゆさを覚える。
「…二度とそんなこと口走るな…」
達哉の声は不機嫌だった。
「君は僕が何をしてきたのか知らないからそんなことが言えるんだ。僕は直接この手で人を殺すことはしなかったけれど、大勢の人に血を流させたんだよ?大勢の人の手を血に染めさせたんだ。」
達哉はただ黙って薬を塗り続ける。
「ねぇ、結果、僕は大勢の人を殺したんだよ?それまではね、この世で一番残酷なことは、人から生きる権利を奪うことだと思っていたんだ…。でもね、僕は気づいたんだ…僕のやってることはもっと酷いこと、人を死んでも死に切れない状態で…」
達哉は突然キっと顔を上げると、淳の頬に達哉の拳が叩き込まれた。やわらかいベッドの上で弾む淳の体。頬を押さえたまま達哉の目を見ようとしない淳は、満足そうに大笑いを始めた。
「あっははは!だろう?憎いよね?それでいいんだよ…」
徐々に笑いが収まると、淳を見下ろす達哉に目を細めて優しく微笑んだ。殴ってくれていい。憎んで恨んで、もっと殴ってくれ…。君にはそうする資格がある。
「…違う!」
「僕は大勢の人の命を奪った人間。僕の命の価値は大勢の人の命を奪った分とても軽い、神様はこんな僕を許さない。そうだよ、この誰にも必要とされない命は、何時失くしてもいいものなんだよ」
 うれしそうにうっとりと、淳は殴られた頬を撫でた。
「違うんだよ!おまえは!生き延びなきゃいけないんだ!罪を償いたいなら…生きろ!」
 ベッドに倒れた淳の体の上に、達哉の体が覆いかぶさった。強い強い光を抱いた茶色の瞳が淳を射抜くように見つめた。強い生命力に淳の心臓が高鳴った。
「そうだね、なるべくそうするつもりだよ…死なずに、長い間痛みをこの体に受けるんだ。それが無力な僕にできる唯一の贖罪さ」
淳は自虐めいた笑みを浮かべてごまかした。達哉の熱い視線にだんだんと赤みを増す頬を見られまいと、目線をそらす。
強い生命力を放つ達哉の目を見つめていられない。
「…生きて…行動で償えよ!おまえがどれだけ痛がろうが!…惨たらしく死のうが!誰一人喜ぶ者なんていない!そうだよ!悲しむヤツしかいないんだ!」
「…達哉?」
 思わぬ激昂に達哉の顔を振り返る。暗い部屋で、拳を握り締めて立ち上がった達哉は、とても大きく   見えた。
「頼むよ…もうこんな…無謀な戦い方は絶対しないって…約束しろよ…」
ゆったりと淳が裸の上半身を起こす。目は達哉を見ない。
「達哉、それは無理だよ」
達哉の歩いてきた道は陽光に照らされた明るい道。淳の歩いてきた道は月光さえ射さない暗闇に閉ざされた道。決して交わらない道を歩く達哉にはこの心はわからない。お互いに理解することなら、もうとっくの昔に諦めている。
「僕はね、体を痛めつけるたびに思い出すんだ。これ以上苦しい思いをして消えていった人たちをね…忘れちゃいけないんだ…これが贖罪なんだ…」
わかってなんて言えない。だけど、言葉にする。
「あのね、僕は誰からも必要とされない人間だから、こういう方法でしか生きられないんだ。父さんからも捨てられて、ジョーカーですらなくなった僕に価値は無いんだ…僕は運命の輪から外されたんだ」
「なら…俺が…俺がおまえのことが必要だって言ったら…どうするんだよ?」
達哉のつらそうな表情。静寂、そして淡々と刻まれる時計の秒針の音。傷だらけの淳の体を、達哉は黙って抱きしめた。淳はそれを拒まない。
「どうしてもこんな戦い方を続けるっていうなら…
ずっとおまえは俺の後ろにいさせる。絶対に前に出させはしない…」
「…君は…本当に僕が必要なの?僕に戦うことすら許そうとしないのに?僕は何をすればいいの?」
「…おまえは大人しく俺の傍にいてろ…」
淳はそっと達哉の体を抱きしめ返した。でも、本当は淳の心は、まったく違う道を歩んできた達哉だからこそ強く求めている。その太陽の光をたくさん浴びた心で淳を暖めて欲しい。だけど、素直になっちゃいけない。それは達哉を淳の罪に巻き込むことになるから。
「…おまえは、俺の目の前では死なせん」
淳には胸に湧き上がってくるこの感情の意味は  わからない。ただ、いつもよりちょっとだけ、淳の細い手首に捲きつく、大きめの腕時計が気になった。


達哉は淳を守るためにどんどん強くなっていった。ほぼワンマンプレイと言ってもいい状態で。皆は傷を負わなくなった淳のかわりに、豹変した達哉を心配した。
もともと防御力が高いタイプではないため、体への負担がきつく、そうとう苦しそうだった。ガラガラドリンクを飲み干し、ビンを投げ捨てる。乱暴に袖で口をぬぐい、握り締めた血まみれの日本刀を振って血を払う。そしてそのまま構えなおして、また悪魔へ立ち向かっていった。誰にも頼りたくない様子だった。

「ねぇ達哉。おかしくない?なんで僕が死なない代わりに君がこんなにも傷ついて死にそうになるの?」
淳の視線はとても冷たい。
「心配してくれるのか?」
 達哉はリサに治療されながら、淳を見上げて、優しく微笑んだ。その微笑に、淳の心が溶かされていく。
「…僕が生きて償うのに…君がこんなにもボロボロに
なるなら…僕は…こんなの…許せないよ…」
 初めて、淳の素直な心が漏れた。淳は皆が見守る中で泣いた。涙が零れ落ちた。達哉が死ぬかもしれない、その思いが引き起こす、劇烈な感情。胸を締め付けるその感情がなんなのか、淳にはわからない。
リサが治療するために達哉に寄り添い、淳の傍では舞耶姉さんがそっと肩を抱いて、優しく黒髪を撫で付けた。栄吉はそんな二人を何もいえないまま、ただ見守っていた。
「僕が弱いのがいけないんだ!自分の身一つ守れないなんて!ジョーカーだったころはあんなに力が
あったのに…!父さんの力を借りない僕なんてこんなものなんだ!!、もうこんなの嫌だよ!何でだよ!!
頼みもしないのに僕のために傷つかないでよ!
そんな君が迷惑なんだ!!」
 激昂する淳に一瞬周囲の空気が冷えた。皆何かを言いたげに口を開こうとしたが、淳の表情がそれをさせない。舞耶姉さんが頭を肩にもたせ掛ける淳を抱えてくれた。そんな戸惑いが漂うそんな中、達哉だけが微笑んでいた。
「やっと人間らしい顔したな…」
「…!なっ何をいうの!」
 舞耶姉さんがそんな二人を見て微笑む。
「…これから強くなればいいじゃない、淳クン…!
ほら、達哉クンも、あんまり淳クンに心配かけないよって約束しよう!そしたら仲直りだよね?」
 達哉がふと笑うと、皆、安心したように笑い出す。

、皆の笑顔に囲まれて、淳は一人思う。ほら、こんなのおかしいよ…達哉は…達哉は愛されてるんだから、生きなきゃいけない…誰からも愛されることのなかった、価値の無い僕なんかのために死んじゃだめなんだ…。


淳は岩戸山に向かい、豪傑寺の門を叩いた。淳に必要なのは接近戦への対応だと思ったからだった。ここでは豪傑寺流木人拳という古武術を教えていると聞いたのだ。シバルバーが浮上した後も、細々と教室を続けているらしい。それは希望を信じるからか、惰性からか?どちらにしろ、淳にはそんなガンコさを見せる寺が魅力的に見えた。
和尚さんが出てくると、お堂に案内された。板張りの上に、正座で座って古武術を教えて欲しい旨を話したのだが、和尚からの返事はすぐに素気無く返って
来た。
「いかんな。そんな死にたいという目をしているものに教えるわけにはいかん。」
和尚さんは辛らつに言い放ったが、すぐに思いなおしたように笑顔に変わった。とても柔和な笑顔だった。
「だけど、あなたの話を聞いてさしさげることはできる。よければ話をお聞きしたい…あなたがそういう目をしてしまう理由を…」
 思わぬ和尚の対応に淳は戸惑った。よっぽど酷い表情でもしていたのだろうか?頬を赤らめて淳はうつむいた。しかし、理由を話すわけにはいかない。
「…とても、言い出しにくいことなんです。」
「よほど重い悩みを背負って岩戸山を登ってきなすったか…。ここに目的を持って来るということはよほどのことだろう。遠路はるばる来なすったのだから、ちょっと 休憩していくついでだと思ってお話なさい」
うつむいたまま顔を上げない淳に、和尚は微笑むと、言葉を続けた。
「そうだな、この寺を作った住職は忍者だったというよ。豪傑寺流古武術はその忍びの技術も生かして生み出された武術だと言われている。おまえさんもここに来るまでの間に、見なさったろう?小僧達が元気良くピョンピョンと木々の上を飛び跳ねるのを」
 つるつるの頭を撫でながら、和尚がカラカラと笑う。
「あ、はい…まるで人間じゃないみたいで…」
実際、和尚が修行の為に小僧さん達を連れ出して岩戸山を飛び回っているのを見て"ジャンピングじじいという噂悪魔が生まれたと達哉達から聞いた。見せてもらったジャンプ下駄を思い出して、その正体が今目の前にいる気の良い和尚さんかと思うと、おかしくなってきて、クスクス笑いだした。
「ハッハッハ、麓じゃ変な噂になったこともあったみたいだな。あの時は本当に迷惑したもんだ…まぁ観光客が増えて楽しいひと時を過ごせたと思っているがね」
「その忍者だった住職は、なんでこの寺に
来たんですか?」
忍者と住職という言葉が少し結びつきにくくて、首をかしげて和尚に聞く。
「いろいろ、説はあるなぁ。人を殺しすぎたあまり、悔いる気持ちからだとか、主君を弔う為だとか…確かな話はここに子連れできたという話かな?これはいくつも伝承が残っている。木人拳はその子どもを守る為に
編み出されたと言われている」
人を殺しすぎたあまり、悔いる気持ち…それをここの住職は贖えたのだろうか?今の淳に必要なものが この寺にはあるのではないだろうか…。
「なんでも、寺を作ったのも、その子を守りたい一心だったそうだが、結局その子が巣立っても、この寺で、生徒である子ども達の為に学問を教え、木人拳を教えながら生涯を送ったそうだ。だからワシも初代住職の思いを立てて、こうやって子ども達のために教室を開いている。こんな大変な世の中になってもな…いや、こんな世の中だからこそ、かな?」
 そういって優しく微笑む和尚さんに、淳はなんとなくきいてみようと思った。こんなに優しく思慮深い人ならば、何も聞かずに答えらてくれる気がしたから。
「…生きることって…罪の償いになるんでしょうか?」
淳は真っ直ぐに和尚の目を見つめた。達哉がそういって立ち直らせてくれようとした言葉。それが確かであればいいと思った。
「あぁ、なるとも。この世で行った善行は、過去現在の全て罪の償いに繋がるんだよ。きっと初代住職も、子ども達を育てることで己の罪の償いができたんじゃないかと勝手に想像しとるよ…子どもを育てること、 未来に繋がる最高の善行じゃないか」
淳の心に光が差した気がした。生きて償えと言う言葉は確かな答えだったのだ。達哉が自分のことを 思って言ってくれた言葉。過去も現在も生きて償える喜び。心がだんだん温かくなってきた。
でも、淳が生きれば、そんな優しい達哉が傷つく。だから、強くなりたい。
「あの…人を守りたいっていう気持ちって、生きるための理由になるんでしょうか?」
淳が真っ直ぐに和尚に視線を向けると、和尚の  表情が和らいだ。和尚は淳の瞳の中に光をみたのだ。
「自分が生きなければ、その人を守ってやることなどできんだろう?」
「あの…断られたあとにこんな申し出、失礼だと思いますけど…和尚さん…僕に…どうしても木人拳を 教えていただけないでしょうか!」
淳はすり足で下がると、和尚に向かって土下座をした。淳はどうしても強くなりたかった。自分が強くならなければ、達哉はどんどん傷ついて、きっとそのうち…
そうならないためにも、淳には力が必要なのだ。
「僕、守りたい人がいるんです!」
「頭を上げなさい…それでいい、初代の住職が生み出した、守るための木人拳を教えて差し上げよう。
今日はもう遅いから、明日から来ればいい。
道着はこちらで用意しましょう」
「あ、ありがとうございます!」
静かなお堂に淳の清々しい声が響いた。

ダンジョン探索を終えると、淳はすぐに岩戸山へ向かった。体の傷は全て完治させた。決意を込めて腕時計にそっと触れる。守るための力を手に入れに行こう。 今日も達哉は淳の目の前でたくさんの血を流した。
「僕が達哉を守るんだ…」
豪傑寺につくと、小僧が出迎えてくれた。淳の顔を見ると、ちょっと頬を赤らめた。人見知りの強い子なのだろう。なんだか可愛く思えた。
「あ、あなたが黒須淳さんですね?」
「はい、今日からよろしくお願いします」
「あっ…は、はい!こちらこそ!」
淳が丁寧にお辞儀をすると、小僧もわたわたとお辞儀をした。小僧はもじもじしながらも、しっかり案内を果たしてくれた。案内された部屋に着くと、木のお盆の上に道着が置いてあった。
「あ、あの、ここが着替えの部屋なんで…あ、あの…皆もう練習に出てますから、準備ができましたら、
道場まできてください!!」
小僧はダッシュで飛び出していく。
道場らしきものなら、来る途中で見かけたので   わかるとは思うけど…できれば待っていて一緒に行ってほしかったなと思う。
初めての場所だし、道着なんて一度も着たことも無いし、不安がいっぱいだ。淳は少し戸惑っていた。
「ん~困ったな…だけど、早く着替えて道場行ったほうがいいのかな?小僧さん忙しそうだったな…」
少し戦闘で擦り切れた特徴的な水色の春日山高校の学ランを脱ぐ。しゃがみこんで、道着を一通り並べてみる。普通の襦袢と白の着物と緋袴…着方…   わかるかな。ちょっと不安になりながらも、淳は早速着替えにかかる。着物とはいっても簡単な帯しかないので浴衣感覚でサラリと着込んだ。問題は袴なのだ。
それにしても不思議な形の袴だった。襞がついていて、畳んでいる状態だと普通の袴とは区別がつかないのだが、広げてみるとスカート状になっている。想像と違った形状に驚く。
「ふーん?こんなの見たことないや…動きやすいようにかな?」
白い着物の上に緋袴を身につける。確か、道着って前の方にちょうちょ結びがきたはずだ。前に布をあて、そこから伸びる紐を背中で結び、後板についている  ベラをひっかける。そしてそこから伸びる紐を前に持ってきてちょうちょ結びにする。
「でもいざ身に着けてみると、これって逆に動きにくい気がするなぁ…」
全身鏡があれば確認できるのだが、そうもいかないので一人でくるくる回ってみる。ちょっと気になるのが袴がヒラヒラのスカート状だということ。古武術だから足技がないのかもしれない。もしこれで蹴りを入れろとか言われると、正直淳は戸惑ってしまう。長さのお陰で見えないかもしれないけど…このスカート状の袴では…パンツが見えてしまうかもしれない。しかし男でよかったと本当に思う、見えたとしても色気も何も無い ボクサーパンツしか見えないから。

道場に着くと、和尚さんがポカーンとしており、小僧さん達がクスクス笑っていた。淳は着方が間違っていたのかと思い恥ずかしくなってくるくる回って確認する、捲くれ上がっている…とかはないみたいだが…。
「ど、ど、どこかおかしいですか?」
「コラ!おまえ達またイタズラをしおって!」
和尚さんは小僧さん達の坊主頭に拳骨を落とす。
「え、え?」
淳は状態が良くわからなくて慌てた。
「申し訳ないことをした…黒須さん…小僧どもがご迷惑をおかけしたようで…」
何度も何度も和尚さんがお辞儀をしながら淳の
そばまでやってくる。
「な、何がイタズラなんですか?」
「それは…その…道着ではなくて…巫女の装束…
でしてな…」
「み、み、巫女っ!?」
どうりで何だか見覚えがあるような気がする格好なわけだ。白い着物に緋袴!なるほど!!淳が一人で納得していると、和尚さんはすごい剣幕で小僧さん達の方を振り向いた。
「まったく!おまえらは!イタズラばっかりしおって!
今日は全員ご飯抜きにするぞ!」
「え~っ!」
 淳は慌てて、案内をしてくれた小僧さんの顔を
見つけるとにこっと笑いかけた。
「ちょっと待ってください!たしか君!言ってたよね!予備の道着がなくなってたとかなんとか?」
「…!あっはい!道着、見当たらなかったんで適当に
持っていったら…これだったんです…ごめんなさい!」
小僧さんが和尚さんに向かって平謝りをした。食べ盛りの小学生くらいの小僧さん達が、運動の後に  ご飯も食べさせてもらえないなんて、とてもかわいそうに思えたので、ついつい助け舟を出してしまった。
「しかし他にも袴ならあったろうに…」
 淳の袴を見ながら、和尚さんはつるつるの頭に手を当てながら唸る。
「問題…ないですよね?そ、その…蹴りとかなければ…ですけど…」
行灯袴の両端をつかんで持ち上げる。切れ込みの無いスカート状。襞が広がってちょっと綺麗だと思った。
そもそも淳の誰にも言えない趣味に女装があったりする。特技にも数えているくらい…ちょっと自信がある。巫女…というのも興味が無いわけではなかったりして。
淳がどうしようかともじもじしていると、小僧の  一人が元気良く声を上げる。
「大丈夫だよ蹴りとかないから!」
「バカモノ!黒須さんが優しい人だからよかったものの…まったくおまえ達ときたら!」
「その…僕、緋袴ってキレイだと思うし…別にこれでもいいかなーって…あはは…」
淳は和尚さんを宥めるのに一生懸命になった。。
 そんなこんなで波乱の第一日目だったが、ペルソナの補正能力と戦いの中で培われた経験で、何の問題もなく練習が終わってしまった。小僧さん達は見た目と違ってキビキビと立ち回る淳に驚きと尊敬のまなざしを向けた。これでもパーティーの中じゃ鈍くさいとしょっちゅう怒られるほうだったので、早い!とかすごい!なんて褒められるとなんだかうれしかった。
「すげー!淳ちゃんかっこいい!」
「…何が淳ちゃんだ!
おまえらすっかり調子こきおって!」
もう小僧さん達は何かが笑いのツボに入ったらしくて大笑いを始めた。淳はキョトンとしていたが、可愛らしい子ども達が笑顔になっているのを見るとなんだか幸せになってきて、くすっと笑った。
「すいませんなぁ本当に…すぐに新しい道着を用意 しますから、それまでは…」
「いいんですよ!僕、これ気に入っちゃったな…だから和尚さんも気にしないで下さい」

家に帰ろうとするとき、あの案内してくれた小僧が駆けてきた。
「く、黒須さん…すいませんでした!
その、かばってもらっちゃって…」
「あはは、気にしてたの?僕なら別に構わないよ」
温かくてつるつるの坊主頭を撫でた。
「その、本当は、道着…あるんです…」
「いいんだよもう。和尚さんにバレると、君が困るだろう?それにこれくらいかわいいイタズラだよ」
多分この子は小僧さん達の中でも一番年下だろう。背も小さくて顔も他の子に比べればまだまだ幼い。きっと他の子から言われて断れずにやってしまったのだろう。イジメ…というわけではなくて、ちょっとした上下関係みたいなものがあるのだろう。
「…あ、ありがとうございます!」
 なんだかこの小僧さんに小さい頃の自分を重ねてしまった。ちょっと気の弱そうで、嫌と言えないがゆえに 貧乏くじを引いてしまうところなんかが自分に似ていると思う。少し寂しげな顔をしているけれど、素直な心を持っている。この子にもいると良いなと思った。手を握って引っ張って行ってくれる友達が。

その数週間後。達哉がダンジョン探索を終えて、  すぐに帰ろうとする淳を呼び止めた。
「…最近、何があったんだ、淳」
 達哉がポンと肩に手を置くと、淳の顔をマジマジと見つめてくる。達哉の視線あんまり真剣で、なんだか  恥ずかしくなって淳は目線をそらしてしまった。
「…何でもないよ?」
「なっなんかさ…明るくなったよな?」
目をそらすと達哉の顔がスっとまたこっちに向けられる。何度か目をそらす、また達哉が目を見つめてくるの攻防を繰り返すと、ついに達哉が実力行使に出る。顎をぐっと掴まれて、目をそらすなとばかりにじっと見つめられる。別に痛くは無いが…なんだかちょっと…恥ずかしい…。
「やっ…やめてよ…なっなんだよ急に!そんな問い詰められるほどのことしてない!」
木人拳を習い始めて1週間がたったくらいのころだったろうか?なんだか急に達哉がソワソワしだし、淳を不機嫌そうに見ることが増えたなとは思っていたが。
「なんでもない訳ないだろう?ダンジョン探索終わったらすぐに抜けようとするし…突然動きがよくなるし、その上…なんかいいことでもあったのか?」
淳の一瞬の戸惑いも見逃すまいとジーっとみつめる達哉の目がちょっと怖かった。達哉の喉仏が息を呑んで一瞬動くのが見えた。
「まさか…その…こっ恋人が出来たとか…?」
真っ赤になって真剣にきいてくる達哉の顔を見て、淳は途端に噴出した。
「あはは!やだなー!そんなことあるわけ無いだろう?ずっと君たちと一緒にいるわけだし、毎日ダンジョン探索だよ?ほとんど出かけられもしないのに!
それに、僕にはそんなことより優先しないといけない 使命があるもの…」
淳の目が優しく細められるのを見ると、達哉はようやく目をちょっとそらした。
「んっ…な、ならいいんだけどな…」
「余計なことは心配しないでいいよ、今は水晶髑髏を奪還することを考えようよ、ね?」
「お、おう!さっさと終わらすぞ!」
満足したらしく淳の肩から手を離すと、手をグッと握り合う。
「…だけど、その、訳はちゃんと後で話せよ…
おまえの事は…全部知っておきたいからな…」
「リーダーとして?」
頬を赤める達哉を見て、淳は首を傾げてみせる。
「…今は…な…」
達哉は黙ってジッポーをいじっていた。


その数日後、驚くべき事件がおきる。金牛宮での達哉の冗談とも思える告白だった。淳の心臓は飛び跳ねて、さっきから鼓動が早くなったまま収まらない。なんとか表情に出さないように勤めているが、バレていそうでヒヤヒヤしていた。皆も無かったことのように振舞っているし、きっとさっきのも気のせいだと淳は思うことにした。けれど、やっぱり気になる。
「淳しか見えないってなんだよ…しっしかも皆の前で!…じょっ冗談にしても笑えないよ!」
二人きりの帰り道、バイクの後部座席から達哉の背中にしがみつき、拗ねるように聞いてみる。小さな声で…聞こえなくても良いから…。
「わからなかったか?告白だよ」
メットの向こうから、こもった声が聞こえた。淳の言葉はしっかり聞こえていたらしい。本当は運転手である達哉が被るべきフルフェイスメットなのに、なぜか無理やりに被せられたのだ。顔が熱くなっていくのがわかる。何で普段は鈍感なのに、こういうときは妙に
鋭いんだろう?卑怯だ。
「…またそんな笑えないこと言う…」
「…本当は冗談だなんて思ってないんだろ…?」
達哉の声は静かに低く、拾い背中を通して淳の胸に響いた。照れ隠しのような乱暴な運転に、振り回されないようにしがみついた、達哉の背中には淳の心音が届いているのだろうか?ならば…嘘をつくのは無駄な抵抗だと思った。メットが邪魔だった。達哉の心音が聞きたい…。
「…うん…」
悔しくってしかたがないけど、淳の心は今までになく温かくなった、そう、それを感じたのは…10年ぶりくらい。その時、こんなに温かい気持ちを与えてくれたのは、その時も達哉だった。
「でも、今度からは達哉がヘルメット…
かぶらなきゃだめだよ?」
「いいんだよ…俺なんかより淳のが大事だからな」
「ま、またそういうこと言うんだから!」
 悔しい…バイクから降りたら…どうしてやろうか?



蓮華台に回覧板がまわっていた。それを見た住民達の顔は輝いた。10年前の放火事件以来、どんどん訪れる人も無くなり、信仰も薄れ、知らぬ間にお祭りも行われなくなったアラヤ神社。そこで10年ぶりにお祭りをやろうという企画の署名だという。あっという間にそれは噂となり、特殊な世界である珠間留市の力で現実となった。それは、誰かのイタズラだったかもしれないし、本当の署名だったかもしれない。でもそれは、もう誰にもわからない。
「黒須さん、よいかな?」
竹箒を持ち、枯葉を掃いていた淳。すっかり豪傑寺での巫女姿もお手伝いも様になった淳は、緋色の行灯袴を翻して微笑む。
「和尚さんなんでしょう?」
「噂にきいたかな?アラヤ神社でお祭りが行われるんだが…」
「あ!ハ、ハイ!」
淳はソワソワしながら竹箒をぎゅっと握った。
「あそこは近所の信心深い人たちが交代しながら掃除をしたりしていたんだ。しかし、火事があってからは、犯人も見つからずにいたし、なんせそんな危ないヤツがいるかもしれないところで、老人ばかりじゃ危険だろう?だんだんと掃除できないままに荒れていってしまってなぁ…ついにはお祭りもなくなってしまった。」
「僕も昔、お祭りに遊びに行ったことがあるので、無くなってしまった事、とても悲しかったです。」
「うん、そうかそうか…」
和尚さんはつるつる頭を撫で回しながら続ける。
「だが、皆はやっぱりお祭りが恋しかったみたいでな。そこで、前まで管理をしていた人たちにお願いをされて、豪傑寺の皆でお手伝いをしようということになったんだが、黒須さんはどうしなさるかね?」
淳はもう豪傑寺の一員として認められているのがうれしくなってニコリと笑う。
「てっ手伝います!是非お手伝いさせてください!
僕にとってもすごく思い出深いお祭りなんで…
成功させたいんです!そのためなら何でもします!」
淳が最近ずっとソワソワしているのは二つのうれしいことが重なったから。一つは皆でこっそり流したアラヤ神社の噂が実現したこと、イタズラ心でやってみたというか、明るいニュースが何か一つでも流れればいいなと、葛葉探偵事務所の力も借りず、皆でこっそり署名の回覧板をまわしてみたのだった。それが思いのほか成功し、蓮華台の皆が笑顔になった。それが淳にはうれしくてたまらなかった。大きな組織を借りずとも、たった5人で人を幸せにした、それはジョーカーではなくなった淳の小さな第一歩だった。
…それともう一つのうれしいことは達哉ともっと深い繋がりになれたこと。告白にはまだ返事を出していない。達哉がイジワルをするので、淳もイジワルをしかえしているのだ。達哉が一番弱っている時にOKを出してやる、そういう計画をこっそり練っていた。つい、達哉といい雰囲気になってしまうと淳がOKを出したくてうずうずしてしまうので、そちらの作戦が成功するかはちょっと自信はないけれど…。

豪傑寺から掃除用具を乗せて、ロープウェイに乗り、アラヤ神社に向かう。小僧さん達もうれしそうだった。小僧さん達はまだまだ小さいから、アラヤ神社のお祭りに参加したことが無い子ばかりだった。淳はうれしそうにお祭りの様子を語った。一人で回ったちょっと悲しい思い出だけど、そこから先の達哉との出会いを足せば、あっというまに悲しみは清算された。
「境内は結構広いから、お掃除大変かもね」
ポツリと淳が呟くと、小僧たちが残念そうにうなだれた。遊び盛りの小僧さん達にはお掃除なんてだるくてしかたがないのだろう。でも、それをガマンした先には楽しいお祭りが待っている。
「でも大丈夫。それだけ拾い境内だもの!お祭りの時は沢山の屋台が並ぶから凄く楽しいよ!」
小僧さん達のうれしそうな声を聞きながら、淳は窓の外、紅葉した山の木々を見て、うれしそうに頬を赤らめた。
二人が出会ったアラヤ神社のお祭り…告白をOKするのにいいシチュエーションかもしれないな…と思いながら。でもきっとその時は、巫女の格好をしているだろうから、諦めるかもしれない。達哉にこんな格好を見られたらからかわれるに違いないから。イジワルする時の達哉のことはキライじゃない。ただ、からかわれるのが悔しいのだ。淳にだってプライドはある。
ロープウェイからワゴン車に乗り、アラヤ神社へと向かう。さすがに豪傑寺からアラヤ神社までは距離が遠いので、お祭りのある日までは皆、元アラヤ神社の管理をしていたおばあさんのうちに泊めてもらう予定だった。ワゴン車の中では気のよさそうなおじさんが待っていてくれた。送ってくれる最中、おじさんもアラヤ神社でのお祭りの思い出をうれしそうに語っていた。
淳は今すぐ皆に電話して、このおじさんや小僧さん達の喜ぶ様子を伝えたいと思った。僕達のやったことでこんなに皆幸せそうにしているよと。
次第に小僧さん達の話が、誰と一緒にお祭りに行くかの話しに変わっていく。やはりお父さんとお母さんと一緒に回るという子もいたが、こんな物騒な世の中だから、片親になってしまった子、そして、両親とも行方不明になってしまった小僧さんもいた。その環境を作り出したのはもちろん淳…彼らの表情を見ると胸が痛んだ。しかも、その両親ともに行方不明だという小僧さんは、なんとなく気になっているあの一番小さな子だった。
「皆いいなぁ、僕のお父さんもお母さんも、仮面党員になっちゃって、今はどこにいるかわからないんだ…」
寂しそうに笑う小僧さんの笑顔に、淳は胸を抉られた。やっぱりどこまでいっても淳には罪が付きまとうのだ。例えこうやって、一つでも多く善行を積もうとしても、過去の罪は世界にばら撒かれすぎている。どこへ逃げても淳を必ず捕らえるのだろう…。
「大丈夫だって俺たちがいるだろ?皆で回ればいい
じゃん!遠慮すんなってー!!」
小僧さん達は仲良く手をつないで笑いあった。淳も心に少し寂しさを覚えながら、笑った。心に開いた小さな穴は、淳の幸せ気分に少しずつ黒をにじませた。

アラヤ神社では、おばあさんと和尚さんが並んで話をしていた。お祭りの打ち合わせだろうか。
小僧さん達は手に手に熊手をワゴンから持ち出すと、さっそく落ち葉を集め始めた。だけど、元気な男の子らしく、おふざけが始まり、ついには走り回って遊びだして、和尚さんから怒られていた。淳はそれをみてクスッと笑うと、伸びをする。
「さて、僕もがんばるか!」
淳は境内は元気な小僧さん達に任せ、ちょっとだけ一人きりになりたくて、誰も手をつけていない階段の掃除を始めた。大き目のゴミ袋に空き缶を拾い集め、紅葉した枯葉を熊手で隅に掃き溜めた。
(そうか…あの小僧さんの両親…ううん…あの子だけじゃないかも…片親の子もいるもんな…)
浮かれすぎていた自分の心に罪悪感を覚えた。自分たちの手で人に幸せを与えることが出来たこと、達哉と言う自分を必要としてくれる人が傍に現れたこと。でもそれは全て向こうからやってきてくれた幸せで、自分は結局何一つ成長してはいない。慣れない幸せに振り回されているのだ。何一つ罪を償っていないのに、幸せになるわけにはいかない。
冷たい風が巫女装束には沁みる。竹箒を木に
立て掛けて手をこすり合わせる。と、ほうっと暖かい息をかける。腕時計の冷たい感触が手首に当たった。
「…告白…断ろう…」
ほんのり白い息と一緒に決意を口に出す。
「やっぱり、僕には荷が重過ぎる幸せなんだ…」
それは罪人の淳にとって、当たり前の決断のはずなのに、胸がチクリと痛んで…なぜか涙が滲み出た。

午前から掃除が始まり、午後からは自治体の   おじいさんおばあさん達も掃除に参加してくれた。
掃除が終わり、淳は豪傑寺の皆と別れると、自分の家へ向けて歩いていた。もう空は薄暗い。ポスポスと足に当たる制服の入った軽いバッグ。風に押されて  鮮やかな緋色の行灯袴が足に絡みつく。上を見上げると、紅葉した葉っぱがひらりひらりと落ちてくる。この辺の自然の多い地域が淳は好きだった。田舎というにはちょっと騒がしいくらいの、でも自然が多い岩戸山周辺…。ジョーカーだったときはカラコルからよくこの辺の景色を見つめていた。それは思い出深いアラヤ神社があったからかもしれない。
着替えて帰らないのは、アラヤ神社で豪傑寺の皆以外にも巫女装束姿を見られているからで、
男子校の制服姿を見られて実は男だとバレてしまったら恥ずかしいからだった。
ついつい巫女姿をしている時は、女の子っぽく振舞いがちで、周りからしてみても女の子に見えるらしく、疑われたことは一度も無い。こんなことを言うのも何かもしれないが、淳は女装にはちょっと自信がある。だから巫女の格好をしていても、わりかし平静でいられるのだ。その違和感の無さが余計疑えなくするらしい。
自治体のおじいさんおばあさんからもちっとも疑問に思われていない様子だった。だから、申し訳ないなと思いながらも女の子のフリをする。ちなみに騙しているという気持ちは無い…つもりだ。ただ、淳は好きな服を選んで着ているだけだから。

家族みたいに思っている皆と別れると、一人ぼっちの淳の頭の中に、今までやってきた自分の悪行が蘇ってきた。何が起こったのかわからないという表情で影になる人々、何の疑いも無く命令に従う仮面党員達。

ヴォンッ…

道路の歩道を歩いていると、黒い風が吹いた。
緋袴が風にヒラリと舞った。中身が見えちゃわないように慌てて抑える。あの乱暴な運転…黒いバイク…嫌だな…見覚えがある。
「…き、気づかれてませんように!」
淳はカバンを頭に抱えて歩道をダッシュしはじめる。しかし、後ろから聞きなれたエンジン音がゆっくりと近づいてくる。
「おい、淳か?」
覚悟を決めて、半泣きになりながら振り向くと黒のフルフェイスメットを被った長身のセブンスの生徒がいた。メットの向こうで悪気の無い笑顔が透けて見えた。
「あぁ~…もう!なんで気づいちゃうの!なんでこんなとこに達哉がいるのっ!」
メットを脱ぐと、乱れた茶髪が跳ねあがった。
「アラヤ神社拝みに来たんだけど?
で、おまえはなにやってんの?そんな格好で」
いたずらっぽいニヤニヤ笑い。あぁなんて憎らしい…。
「…け、稽古の帰りだけど!これ、ど、道着だから!」
達哉を振り切って駆け出そうとすると、ガシッと肩をつかまれた。淳が止まると、達哉は小脇に脱いだメットを抱えると、物珍しげに淳の格好を上から下へと、じっくり観察している。
「俺にはどうみても…巫女さんに見えるなぁ」
ゆっくり淳に近づくと、頭にポンとグローブをした手を置かれる。こういう淳の弱みを握った達哉は苦手だ。
「…それって僕が女顔だからとかいうんでしょ?
…違うからね!これは!ど・う・ぎ!」
達哉のしてやったり顔にちょっとムキになって、淳はスネてしまった。一応達哉も淳が女装が趣味だということは…知っている。でもこうやってからかうから、知られたくなかったのだ。
「はいはい。にしてもリサの言うことは本当だったんだな。淳はきっと何か武道をはじめたんだーって言ってた」
顎に手を当てて目をつぶり、うーんと唸る。
「…忍者の動きを思い出すっ言ってたっけ。もしかして、豪傑寺にでも行ってる?」
そう言って目を開けてニヤリと笑う。名探偵でも気取っているらしい。それはリサの予想なんでしょ?と言いたくなったが、そういえば淳より先に豪傑寺のことを知っているのは達哉達だったと思い当たる。
「もう!こういういらない時は変に鋭いんだから!そうだよ!豪傑寺で習ってるの!だから…だからなんだっていうの?」
「やっと淳のやってることがわかって…うれしい」
クシャクシャと髪の毛を撫で回される。慌てて前髪を直す。こういうフッとしたときに心臓に悪いことを
言うのもやめてほしい…。
「や、やめてよ…僕は見られたく無かったよ…」
もう隠す必要もないかと思って、巫女装束を道着にしている理由を告げると、達哉は笑い出した。
「本当におまえはお人好しだな」
「わ、悪かったね!」
「いや、いい…似合ってるよ…その格好も理由も!その小僧さんに感謝しないとな。お陰でいいもの見れた」
「…いいものって…」
淳は真っ赤になってむくれると、達哉の体をドンっと突き放す。淳程度の力ではよろけもしないのが余計腹が立つ。
「にしてもおまえ、寒そうな格好だな…」
…それどころか、突然体をギュっと抱きしめられる。
「ほら、冷えてる…」
「…なんでそう君は!そういうことばっか…もう…」
一応もぞもぞ抵抗してみるけれど、淳は達哉の胸に頬を寄せた。達哉の体は温かくて、ほっとした。本当は体はさっきから冷えっぱなしで、手だって凍えてかじかんでいる。こうして寄り添うのは…寒いから。
それだけだから…。なんとなく心に言い訳をする。
「よし!送ってやるよ!おまえは後ろに乗れ」
ニッと笑いながら達哉は小脇に抱えていたメットを淳に被せた。また自分はノーヘルで運転するらしい。
「い、いい加減もうひとつメット買いなよ…」
「ふーん?これからも後ろに乗ってくれるのか?」
「君が…君が危ないからだってば…」
「…へいへい…」
淳の顔がみるみる熱くなっていく。メットを被っていなかったら…バレているだろう…。
「ねぇ、アラヤ神社にお参りに行くつもりだったんじゃないの?僕の家じゃ逆方向じゃない?」
「予定変更だ。好きな奴が凍えてるのに気にしないでお参りに行くような漢があるかよ!」
「…何それ…」
行灯袴じゃあ、いつものように跨れないので、横座りをして、肩に欠けたカバンをその腕で抱え込んだ。達哉の腰に片手を回す。背中にぴったり寄り添うと、エンジンがかけられた。低い音と、振動が伝わってくる。
「行くぞ?」
「うん」
逆風がきつくてちょっと寒いが、達哉の背中がいい
風除けになるし、何より温かい。しかし人の目線が気になってしまう。バタバタと行灯袴は音を立てて捲くれ上がるので、カバンで押さえてあまり舞い上がらない ようにする。
(そりゃそうか…ノーヘルの高校生にフルフェイスかぶった巫女さんの組み合わせだもんね…僕が見ても
びっくりするよ…)
流れていく景色はいつもより…きれいに見える気がする。達哉の傍にいるからとかじゃない…よね?
「ん!やばいなアレ…!」
達哉は突然ハンドルを切ると、コンビニに止まる。そこでは仮面党員が怯える女性を背にラスト・バタリオンとにらみ合っていた。
「あっ!」
「行くぞ!淳!」
こういう時の達哉は考えなしに駆けていく。それを知っているからサポートせねばと淳もあわててメットをバイクの上に置こうとしたが、顔を見られるのはちょっと嫌なので、被りなおして、達哉の下へと駆け出した。
達哉はすべるように仮面党員とラスト・バタリオンの兵士の間に立つと天に手を掲げる。淳は後方で怯える女性をなだめた。最初はフルフェイスメットに   巫女装束という淳の格好に戸惑っていたようだが、 笑顔を向けると落ち着いてくれたようだった。といっても目元くらいしか見えていないだろうけど…。
「…大丈夫ですか?」
「は、はい…でも…あの仮面党員の人も…助けてあげてください!あの人、ずっと私を守ってくれて
いたんです!」
「わかってます。大丈夫ですよ…ね、達哉…」
仮面党員の前に立つ達哉の大きな背中。太陽の光を浴びて眩しく見える、頼もしい相棒であり、思い人。
「おう!任せとけ!」
青白い光、現れるのは真紅の太陽神…!兵士が 射撃をしてくるが、達哉は避けない。避ければけが人が出るからだ。銃撃の反動で達哉の体が揺れる。淳は目をそらさずに見守った。どうやら一気に片付ける気らしい。最初から最大出力を出す。
「ノヴァ・サイザー!」
時が止まり、突然目の前に現れた真紅の太陽神がラスト・バタリオンの兵士の頭上に手が掲げられ、  核熱と聖属性のニ撃を加える。内部から破壊するような巨大なダメージに、あっという間に兵士は闇に帰っていく。
いくら威力が強い技だとはいえ、あの兵士は一撃で倒せるような敵ではなかった。よほど仮面党員が頑張っていたのだろうと冷静に淳は判断する。
あっという間の決着、それを確かめると、達哉が荒く呼吸する。肩の動きが大きい…ダメージが結構大きいみたいだ…。後ろを振り返らないのも気になる…。
達哉は横目で淳を見ると、軽く頷く。それの意味を覚り、淳はカバンの中からガラガラドリンクを取り出すと、仮面党員に渡した。
「大丈夫ですか?」
「あっはい…ありがとうございます!」
長いローブはあちこち銃で撃たれた痕…。一般人だろうによくもここまで耐えられたものだ…。仮面党員は仮面をずらすとガラガラドリンクを一気飲みした。
すかさず女性が仮面党員に寄り添う。ありがたいと思った。この後はこの女性がしっかりサポートしてくれる。そしたら無事にこの仮面党員も家へと帰れるだろう。
「ありがとうございました!あなたのお陰です!」
女性がふらつく仮面党員の手を取って立たせた。
「い、いやぁ…結局俺、役に立てなかったし…ははっ」
「そんなことないです!あなたが私を守ってくれ
なかったら、今頃…どうなってたか!」
淳はなんだか二人の会話を聞いていると恥ずかしくなってきてしまった。きっとお邪魔虫に違いない。
そっと立ち去ろうとすると、突然仮面党員に声を かけられる。
「あの、巫女さんありがとうございます!
あの、かばってくれた人にもお礼を伝えてください!」
「ハ、ハイ!お気になさらず…僕達正義の味方なん  です!お二人ともお大事にしてくださいね!」
淳は少しうれしくなった。でも、この人に実は僕が ジョーカーですって名乗り出たら、こんなお礼も言えなくなるだろう。…彼の人生を台無しにしたのは淳なのだから。
「薬、ありがとうございました!多分俺、もう大丈夫なんで、早くあの人のところへ行ってあげてください!」
逆になんだか気遣われてしまった、淳は二人に向かってお辞儀をすると、慌てて達哉に駆け寄った。黒い  コンクリートにポツリポツリと血の雫が落ちていく。  達哉は白いシャツを血で濡らして立っていた。誰かのためなら犠牲になることに迷いの無い…愛しい人…。
「たっ達哉!大丈夫?待っててね!」
「…たいしたダメージじゃない」
そう言いながらも達哉の息は荒い。ペルソナに守られてどんなに傷が小さかろうが、血を流せば痛いものは痛い。早くどうにかしてあげないと…。
「…本当に君は…素直になりなよ…来いっ!」
淳の頭上に黄金の翼を持った時の神が現れると
翼を優しく羽ばたかせた。二人を優しい風が包み込む。達哉の傷口はみるみるうちに塞がった。それは達哉を癒したいと言う思い、慈愛の祈り。
「ありがとうな」
達哉が真っ直ぐに見つめてくる。頬を染めながら、淳はそっと目をそらした。
「あ、あたりまえだろ?
僕は達哉が…大事なんだから…」
フルフェイスメットのお陰で、真っ赤になった淳の顔はきっと達哉には見えていないだろう…。

仮面党員と女性に、とりあえず一番近くの回復 施設、Kaoriを紹介すると、二人を見送る。  さっきの騒動で人のいなくなったコンビニの駐車場で、二人きりになると、なんだかホッとして二人でクスクス笑った。淳はフルフェイスメットを取る。黒い髪が冷たい風に揺られた。
「よかった…間に合って…ホント達哉って無茶するから…ドキドキしちゃったよ」
そういう淳の表情を見た達哉が顔を赤らめる。
「まさか…俺のケガのことか?大げさだぞ」
「…傷跡が残ったらどうするの?」
「別にかまわねぇよ…」
きっと達哉は本気で言っている。
「僕に体を大事にしろって言った人のセリフと思えないね…君こそもっと自分の体を大事にしなよ…」
「あははっ!いいね、淳が俺を心配してる」
淳の腰に手が回されると、体がぐっと寄せられる。戦闘の時はかっこいいのに、普段、淳と二人きりになるとこうしてすぐに調子に乗って見せる。気が置ける間柄というのはうれしいことなのだが、達哉はこうなると止まらなくなるから…恥ずかしい。
「…あの仮面党員の人、僕の命令を守ってるのかな?」
達哉の肩にそっと頭を寄りかからせる。
「気にするなよ…あいつはあの女の人の為に戦ってた。おまえの命令だけっていうわけじゃいさ」
「…そ、そうかな…」
「あのな、あいつらはきっと、自分からこの街を守りたくて戦ってるんだぜ?おまえが気にすることじゃない!
あんま思いつめんなって…」
そっと体を離され、向かい合う、達哉の大きな手が淳のほっぺたを両手でギュっと押さえた。
「それに!あの仮面党員がラスト・バタリオンとやりあって生きていられたのも、あの女の人を守れたのも、おまえが力を与えたお陰なんだぜ?わかってるか?
ジョーカーに感謝はしても、恨んだりなんかしてない!」
淳は達哉の手を退かせる。確かに結局のところ  一般人である仮面党員が、戦闘のプロであるラスト・バタリオンとやりあって、もし秒単位であっても生き残っていることは不思議なことだった。
多分、ジョーカーだったころに与えたなんらかの力が、彼を守ったのだろう。だけど、そのせいで彼は仮面党が無くなるまで、この珠間留市を守るために戦い続けなければならない運命になったのだ。それは、ジョーカー・淳を恨む根拠に十分なるのではないだろうか?
「なんで…そんなこといえるのさ…」
達哉は優しい。きっとこんなことを言う淳は達哉に甘えているのだ。もっともっと、淳の罪を軽くして欲しいのだ。ズルイと思う。
それでも、達哉と居ると…甘えたくなる。
「淳だって男ならわかるだろう?
好きな奴を命賭けて守りたいっていう気持ち!」 
達哉は拳で淳の心臓のある辺りをトンっと叩いた。達哉の拳を見つめる淳の頬が熱くなる。好きな人を守りたい、その思いで木人拳を習い始めたのだ。わからないわけがない。
でも、今日もまた、己の非力さを思い知った。達哉のサポート役がせいぜいな自分が悔しかった。本当なら淳は達哉みたいに思うがままに瞬時に駆け出せる  人間になりたいのだ。
「な、そんな誰かを守れる力を与えたんだ、ジョーカー だった時のことってさ、おまえが言うような悪いことばっかじゃなかったと俺は思うぜ!だから悲しそうな顔
すんなって」
「…僕は君みたいにそんな楽観的に…って…!
ちょっ!達哉ぁ!」
スッと達哉は動くと、淳の白い小袖を握り、そそくさとコンビニに向かって引っ張っていく。前がはだけないように慌てて押さえながら達哉についていく。
「きゅっ急になんだよもう!」
「寒いからそんなネガティブになるんだって!
ほら、レッツポジティブシンキーンって!」
温かいドリンクのならぶ棚の前まで連れてこられると、達哉はスッとブラックコーヒーの缶を取った。
「おごるから選べよ」
 淳に向かってニっと笑う。いつまでも達哉が袖を離さないからブンブン袖を振って手を退かせる。棚をしばらくジーっと見て、ようやく甘そうなカフェオレの缶を手に取る。なんとなく今の気分に合いそうだと思ったのだ。缶を持つと温かくて、なんだかほっとした。肩を指で  ちょいちょいっと叩かれる。
「おでんもいるか?」
また達哉が袖をひっぱってレジの近くのおでんコーナーまで連れて行かれる。今度は大人しくついていった。
「…ありがとう…」
本当はわかっている。二人きりの時の達哉の行動は淳への思いやりの行動だ。普段よりも陽気に振舞って見せるのも淳を落ち込ませないため…。だからたまには淳も素直になる。
ビニール袋を提げて、二人はコンビニから出る。
「おまえんち、よっていいよな?」
「いいよ。うちでおでん、たべよっか」
達哉の背中が淳を風からかばってくれるのを感じながら、ぬくもりを感じながらそっと考えた。達哉の言うことはいつも単純で当たり前のことばかりなのに、   言うとおりにすると、不思議と心が落ち着いた。こうやって体を温めただけなのに、こんなにも淳の心は軽くなっていた。

淳のマンションに着くと、鍵を開けて、達哉を迎え 入れた。
「お邪魔しまーす」
「どうぞどうぞ…」
どうせ誰もいないと知っているくせに…と淳はクスッと笑う。一応はこの部屋で、前まで父さんと一緒に住んでいたのだが、仮面党から抜けてからというもの、一人暮らしになっていた。 今、父さんはどうしているのか全く解らない。ただ、淳が父さんの暴走を止めないといけないことだけははっきりとわかっている。
リビングに着くと、テーブルにコンビニの袋を置いて、どっかとふわふわのカーペットの上に座る達哉。すっかりくつろぎモードだった。
「ここは僕んちだよ…もう、達哉、ちょっとくらい遠慮しなよ」
なんだか達哉らしくて淳はクスクス笑う。この部屋に達哉が来たのは初めてのはずなのに。もう我が家のつもりだ。
「いいだろ、おまえしかいないんだから」
「ふふっ…まぁね…」
みんなの前のリーダーの顔と淳と二人きりの時にだけ見せるこの顔。本当にギャップが凄くて噴出しそうになる。緋袴の裾を払って膝を突き、膝の下に袴をくぐらせて座る。その一連の仕種をなぜか頬を赤らめて達哉はじっと見ていた。
「すごいな…様になってる…」
「や、やめてよ…これくらい出来て当然なの…!」
おでんの容器を取り出し、ブラックコーヒーを達哉の前に置く。そして、最後に淳の選んだカフェオレ…。
そっと握って手を温めながらほぅっとため息をつく。
「ほんと悔しいよね…達哉の言うことは単純すぎて 信じられないのに…僕がこんなに悩んでるのに!って怒りたくなることいっぱいあるのに…言うとおりにすると正解だなーって感じちゃうんだよね…」
「…それって、ほめてるのか?」
達哉は笑いながら缶のプルタブを開ける。
「うん…僕、よくわかったよ…ずっと君に助けられて  ばかりなんだって…」
達哉は缶を傾ける手をちょっと止めて、淳をじっと見る。その瞳は淳を素直な気持ちに変えていく瞳。
「ねぇ達哉、僕には君の告白を受け取る資格なんて無いと思うんだ」
達哉の口からコーヒーが吹き出る。
「ちょっと待てよ!」
立ち上がろうとして膝をしたたかにテーブルに打ち付けた。膝を抱えながら達哉が涙目で叫ぶ。
「ってぇ~っ!!て…おい!…何をさらりとひどいことを…あぁ…くそぉっ!」
ティッシュを涙目の達哉の前に置くと、淳は笑い出した。そんなに慌てる達哉が可愛くて仕方が無い。
「あはは!そんなに動揺しなくたっていいじゃない!  最後まで聞いてよ…達哉ってさ、いつも僕のわがままを全て受け止めてくれて、何とか僕を立ち直らせようとしてくれて…僕ね…本当に君の優しさがうれしくて しかたがないんだ…」
ティッシュで口周りのコーヒーを拭く達哉の動きが 止まる。
「僕ね…そんな達哉が好きだなーって思うんだ…」
祈るようにそっと目をつぶって、頬を染める淳。そっと薄目を開けると、そんな淳を前にした達哉の顔もみるみるうちに真っ赤になっていくのが見えた。
「でも、僕は数え切れない罪を背負って、これから
生きて償う道を歩むんだ。僕の荷物は驚くほど重いんだよ…だから僕、達哉に一緒に担いでなんて言えないから、告白を断ろうって思ってた。」
手を温めていたカフェオレをコクンと飲む。まろやかで甘いカフェオレが、淳に先を続ける勇気を与えてくれた。そうでもしないと心臓が破裂しそうだった。
「でも、君はいつも率先して、そんな僕の荷物を背負ってくれた。嫌だっていっても、どれだけ酷い事いっても、 君は無理矢理荷物を僕から取り上げた。でも、そんな時の僕、いつも幸せでいっぱいだったんだ…」
目を開けると、優しい目で見つめる達哉が見えた。
「それが漢ってもんだからな。親友が苦しい時、傍に  いて一緒に苦しむ、悲しむ。親友が笑うまで傍にいてやる…そうだろ?」
あぁ、本当になんて漢らしいんだろう。たまに淳も こうなれたらなって思う。淳とは正反対の生き方を選ぶのが達哉なんだ。
「うん…君はいつもそれを背中で語ってくれてたんだよね…感じてたよ…」
「…わかってんならいい…」
達哉は照れくさそうに目をそらすと、缶を傾ける。淳も同じようにカフェオレを口に流し込む。
今の気持ちと同じくらい甘くてまろやかな、優しい味のカフェオレ…。
「ねぇ、僕…君にわがまま言ってもいいよね?ずっと傍にいて欲しいって…ねぇ?幸せにしてって…」
「わがままになんか入らねぇよそんなの…むしろおまえが嫌がっても…隣にいてやるし、離れてやんないからな」
そういってグイっと缶コーヒーを飲み干すと、さっそく淳の背後に来ると、冷えた体をギュッと抱きしめて  くれた。
きっともうすぐ、カフェオレなんか飲んでられなくなる…。今でもすでに早い鼓動に体が支配されて、胸が切なくて、苦しい。
「君と一緒ならきっと僕、最後まで罪を償える力、
もらえるよ…」
「おまえは笑うだけでいい。おまえが笑うだけで、周りのやつらは幸せになるんだ、なぁ、それが罪の償いで
いいだろう?」
淳はそっと身じろいだ。達哉の顎が肩に乗せられた。
「そ、そんな簡単なことでいいのかな…?」
「いつも悲しそうな顔してるやつがよく言うぜ…」
背中が温かい。達哉の心音を感じる…淳とはリズムが違うけど、同じくらい早い鼓動。そっと寄せ合う
頬は熱い…。
「もう、悲しそうな顔しないよ…達哉がずっと一緒にいてくれるって言ってくれたから…」
「おう」
体がゆらゆら揺らされる…達哉の髪の毛が
サラサラと顔に当たる。…なんだかとても心地よい。
「淳~…離さんぞ…絶対…」
達哉のテンションがだんだんとおかしくなっていくのがわかる。これは…悪い予兆かもしれない…。
「…も、もう、何だよ…」
わかっているのに、頭の中がつい幸せでぽーっとした。何されてもいい…なんて思う自分が嫌になる。
「ん?なぁ、この袖どうなってんだ?」
突然小袖の袂にズボっと手を突っ込まれる。
「ちょ、ちょっと達哉!」
淳の素肌の腕に制服の袖がこすれてむずがゆい。
「これじゃあ財布入れられんな」
脇の側から突っ込まれた達哉の手は、そのまま手首の側まで袖の中を貫通している。
「う、うん…懐に入れたりとかするかな…」
「…ここ?」
達哉はスッと懐に手を入れてきた。薄い襦袢越しに胸を撫でてくる。
「んっ…なんだよ…」
淳が抵抗するように動くと、達哉がニヤっと笑う。
「おまえの胸、まっ平ら…」
「…お、男だもの…何…期待してんだよ…」
「いや、淳ならあったりして…なんて…でも感じる?」
すっかりスケベ親父みたいになった達哉に怒りが湧くが、襦袢の中に手を突っ込まれて胸を撫でられると…体が何かを期待して敏感になってしまった。襦袢越しに乳首をつままれてしまい、思わず声を上げる。
「ひゃっ…!」
袖の中で遊んでいたもう片方の達哉の手が、すっと袴の切れ込みに入れられる。じわじわと着物越しに 太ももを撫で、そっと前まで来ると、淳のものを掴む。
「おい、まさかはいてないのか?」
形を確かめるように優しく撫でられる。
「ちっ違うよ…腰巻…つけてるっ…!」
「へへ…どっちでもいいけどな…」
達哉の手が巫女装束を乱してくる。でもテーブルに軽く押し付けるようにしてのしかかる達哉の体が重くて、動けない。
「達哉の…変態いぃ~…」
淳が出来る抵抗といえば、泣きそうな声を上げるくらいしかなかった。
「はっはっは…いいではないか!減るものじゃなし!」
悪代官っぽい悪ふざけのセリフ。達哉の手は容赦なく敏感な部分に触れては乱暴に扱ってくる。首筋に舌が這い、着物の上から淳のものがもみしだかれる。四つんばいの体制に変えられると、もう、ただされるがままになった。
「もう…やだぁ!…達哉の…ばかぁ…!」
「…ふふ…告白にOKしてもらったばっかなのにもう
嫌われた…」
「うぅ…着物…汚しちゃやだ…!」
「はいはい」
淳の体がひっくり返されると、行灯袴を持ち上げられる。スカート状に開く袴を面白そうに見ている。
「何コレ。普通の袴じゃねーの?」
持ち上げられた袴の下から現れた、乱れた下半身をじーっと見られる。舐めるような視線とはきっと   このことか…。
「も、もう!」
淳は泣きそうになりながら行灯袴を押さえつける。
「何するのさ!」
「この袴…やりやすくていいな」
「…っ!!」
袴は捲り上げられ、着物も左右に払いのけられる。
開かれた胸元にポツリと浮かぶほんのり桃色に  染まった乳首…いじられっぱなしで勃ちあがった淳の ものが腰巻を持ち上げている。伸びる白い足に、足袋。じっくりと観察するように達哉の動きが止まる。
「うわぁ…」
「何がうわぁ…なんだよぉ!」
顔を真っ赤にして淳が暴れようとすると、股の間に両足を置かれ、動きを封じられてしまう。そして、落ち着けよというように、優しいキスをされた。
手が露にされた胸元をまさぐり、揉むように撫でられる。胸で感じるのが嫌で、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
「淳…すごく色っぽい…こんな淳…初めてみた…」
耳元で囁かれる。達哉の低い声に骨抜きに
されそうだ。
「うれしくなっ…んっ…ふぅんっ…」
唇が合わさると、強引に舌を割りいれられた。興奮した達哉の荒い息が肌にかかる。距離は果てしなく ゼロ。
淳も達哉の興奮が移ったみたいに心臓がはちきれそうになる。達哉に習って、舌を口内に挿し入れる。こすれ合う温かい舌、ちょっぴりコーヒーの匂いがする…。
淳は胸の敏感な場所を刺激されると、脳が痺れて気持ちよくて…とろけそうになった。
思わず口を閉じそうになるが、達哉を受け止めるために頑張って開ける。淳の震える口内で交じり合う舌はお互いの感触に満足したかのように離れ離れになっていく。その瞬間がなんだか切ない…。
「んはぁ!…はぁっ…はぁっ…」
顔を真っ赤にして荒い息をする淳を満足そうに  達哉は見つめる。
「はぁっ…はぁ…ふふっ…そんなにいいか?」
すっかり乱れた着物は、淳の白い肩も剥き出しに した。達哉はそっと首筋に口付ける。
「…いじわる…んっ…!」
腰巻が上に退かされ、下半身に少し冷えた空気を感じた。持ち上がる淳のものを達哉が口にくわえる。
「やっ!あぁ!」
暖かい達哉の口内の感触、舌がぐいぐいと裏筋を刺激する。ツツーッと上にいくと、先端を音を立てて 吸い上げた。
「出せよ…汚れないように飲んでやる…」
「…うぅ…」
「ガマンしなくていいって…」
いじわるな表情で舌なめずりをすると、手で強く しごき上げられ、グリグリと先端を刺激される。でも、達哉の口の中に出すなんて…!
「…んっ…」
淳のすぼみにそっと達哉の指の先端が触れる。少しずつ指が侵入してくる。下腹に鈍い痛みが走る。中で指が動き、淳の気持ちいい部分を探り出す…。
「…ほら…出せって…」
「あぁっ!ゃっ…だって…!」
「俺に…甘えろって…ガマンできねぇんだろ?」
達哉の甘い声に淳の体の芯がゾクっと震えた。一瞬の甘い刺激…。それを達哉は見逃さず、敏感な部分を指で突いてくる。思わず淳の腰が浮く。
「わかったぁ!…んっ…だからっ…あぁっ!」
猛烈な快感に一気に体の力が抜ける。達哉の口内に精液を出しつくす。
「んくっ…んっ…」
達哉の嚥下する声が聞こえてくる。恥ずかしすぎてどうにかなりそうだった。
「こっ…声ださないでっ!」
恥ずかしさで顔を隠そうとする淳の手がそっと退かされる。
達哉は邪魔臭そうにブレザーを脱ぎ捨て、ネクタイを放り投げる。血とコーヒーで汚れたシャツのボタンをいくつか外すと、達哉のいじわるな顔が淳を見つめる。口の端から垂れているのは…淳の…精液…。わかっている。淳が嫌がれば嫌がるほど、うれしがるのが達哉だって…。でも…そんな達哉がたまらなくセクシーに見えてる淳も…きっとどうかしてる…。
「隠すなよ…顔…ずっと見てたいんだ…
これからだぞ?本番…」
「も…だめ…はずかしくって…も…くたくた…」
「ふふふ…」
淳の腰がぐいっと持ち上げられると、そっと達哉のものが淳のすぼみの奥へと侵入してくる。鈍い痛みが体を突き抜ける。堪えるつもりだった声がついつい喉 から漏れた。
「あっ!…いたっ!…あぁ…」
「大丈夫だって…すぐ良くなるさ…」
ゆっくりと侵入し、根元まで突き刺そうとするかと思えば、途中で引き抜かれる、そして、優しくまた中へ突きこまれる。それにあわせて来る快楽の波に、淳も合わせて声を上げた。達哉の手が優しく淳のものをしごきだす。甘い声を上げながら淳の足袋を履いた足が、宙に伸びる。
「はぁっうぅんっ!」
「なっ…!淳っ!…すげぇ…きもちっ…いいぞっ!」
何回も抜き差しされているうちに、だんだんと痛みを超えた快楽がやってくる。溜まらなくなって出た  自分の精液が淳の白い胸にかかった。
「んぅっ!うっ!たつや!…たつやぁ!」
突きこまれる度に頭の中が真っ白になっていく。  目の前がだんだんと薄ぼやけて、まるでこの快楽には果てが無いように思えて…このまま体が形を成さなくなるのではと、怖ろしくなって、達哉に呼びかける。
「うっ…ふふ…なんだよ…淳…」
うれしそうに笑いながら、達哉の腰の動きが
だんだんと激しくなってくる。
「好き…好きだよぉ!たつやぁっ!」
「あたり…まえだっ!」
淳の中で達哉のものが固さと熱を増してくる。出されちゃうんだ…。淳の頭の中はもう真っ白で、気持ちよくて、これまでになく幸せでいっぱいだった。
「いくぞ…!」
「…うんっ…出してぇっ!」
淳の足が達哉の腰を抱き寄せる。ドクンドクンと脈打つ感触、熱い精液が淳の容量を超えて、ダラリと太ももを伝う。
「あはっ…あぁっ…」
やがて淳の腰がゆっくり下ろされると、隣に荒い息をした達哉が倒れこむ。
「はぁ…はぁ…すげぇ…うれしい…」
紅潮した顔は微笑んでいた。
「んもぅっ…見つめないで…」
顔をそらそうとすると、すかさず手で阻まれた。
「…俺のせいで…こんな顔してるんだ…あの淳が…」
「…あのってなんだよぉう…」
達哉はこんなときまで本当にイジワルだ、
淳の目の端を涙が伝う。
「なぁ…恋人同士だよな?俺たち…」
その涙は、そっと達哉に啜られてしまった。



付き合い始めて二週間くらいたったころ、街はアラヤ神社のお祭りの準備でざわつきだしていた。歩いていると先々で噂しており、ついついニヤっと笑いそうになる。だってアラヤ神社のお祭りを復活させたのは達哉たちなのだから。
『ごめん達哉…やっぱり今日、忙しくなりそう…』
電話の向こう、淳の沈んだ声とにぎやかな騒音が聞こえる。威勢のいいおっさんの声、楽しそうに笑うおばさんの声。自治体の人たちだろうか。
「いや、だろうなーとは思ってたよ。おまえもお手伝い するんだろ?今、アラヤ神社か?」
人々が笑いあう声。その大勢の笑顔の中に淳がいるのだと思うと、達哉も少し幸せになる。
『うん、お祭りの準備中だよ!皆すごく張り切ってるんだ!僕も少しアドバイスさせてもらったりしてる… えへへ…すごく楽しいんだ!』
「今日、何処に行ったら淳にあえる?」
『…まさか、いくらイジワルな君でも…皆を僕のところまで連れて行こうなんて思ってないよね…』
皆に巫女姿を見られたくないのだ。恥ずかしがる ならやめろよと言ってみたが、よくわからないが体にしっくりきてしまって脱ぎたくないとか何とか。なんだかんだで気に入ってるくせに、仲間に見せる勇気は未だに起きないらしい。でも、達哉にとってみれば、それはそれで良いかとも思う。ちょっとしたことでも、恋人からの特別扱いなんてゾクゾクする。
「…そうか…巫女服か…」
すぐにでも想像できる。あられもない姿…。
『わ、やらしいこと想像してる声…』
「ふふ…よくわかったな…」
初体験以降、何度も体を重ねた末、達哉の中の 巫女装束はすっかりエロい服装としてインプットされてしまっていた。映画でもレンタルしようと思ったとき、 ついつい入っていった大人のコーナーで、緋袴が目に入ると振り向き、巫女モノがあると手にとってしまうくらいには夢中だった。
『…僕は一番奥のお守り売り場にいるよ…だから…
約束だよ…来ないでね…』
今頃淳は半泣きになっているんだろう。可愛い表情を想像すると和んだ。
「わかったわかった。そこに行かなきゃいいんだな?」
『お、お願いするね!皆に見られたら…と、特に舞耶姉さんに見られたら!僕、立ち直れそうに無い…』
何をそんなに気にする必要があるんだろう。舞耶姉ならきっと、笑い転げるだけだろうに。
「そういや、忙しいんだろ?屋台を回る時間あるか?
なんだったら欲しいもの買ってきてやるけど」
自治体の人たちにアイディアを提供したりする  立場なら、余計お祭りを回る時間が無いだろう。お祭りを楽しめる時間が無いなんて可愛そうだ。アラヤ神社のお祭りが復活して一番喜んでいるのは、実は淳なんだから…。
『えっ!ほ、本当?そうなんだよ…折角のお祭りなんだけど、多分屋台を回れる時間ないんだ…うー…どうしようかな…お祭りっていったら綿飴食べたいよね!   リンゴ飴もっ!!それだけお願い!!』
「へーへー。お望みのままに」
ラインナップが甘味ばかり…というのが淳らしくて微笑ましい。きっと淳なりに一生懸命考えて、一番欲しいものだけチョイスしたんだろう。我慢しぃの恋人のために、もう少し何か買っていってあげたほうがいいの かもしれない。
『うん、ありがとう!あっそうそう、今日はどうする?僕、片付けまで手伝うから、帰るの大分遅くなっちゃいそうなんだけど…』
「んー?遅くなるっていうなら俺、先に帰ってるわ」
『そうしたほうがいいよ!今日は夜から冷え込むっていうし…温かくして寝てね!じゃぁ!』
「おう、またな」
通話を切るとなんとはなしに携帯を手で弄ぶ。淳の「温かくして寝てね」という優しいセリフに一人ニヤっとする。こういうところもなんとも淳らしくて大好きだ。
待っててやろう…二人で帰ろう。本当は淳は一人で帰りたくないんだろう…。本当に可愛いやつだ。


上を見上げれば地上を照らす赤い提灯。オレンジ色に包まれ、賑やかな掛け声が響く。非日常世界に心躍らせる。…まぁ、達哉たちはいつも非日常の世界に身をおいているのだが…こういう幸せな光景は久しぶりだった。
「そっか、残念だったね淳クン、習い事が忙しくてこれなかったんだ…」
 さすがに今日は冷えるのか、舞耶姉も皆も厚めの 上着を着ていた。
「じゃあ達哉クン、今日は寂しいわね」
「そんなことないもんね!情人!今日は私が独り占めしちゃう!一緒に回ろうね!」
リサがダウンジャケットでモコモコになった達哉の腕に抱きついてくる。
「折角ボクたちが噂で復活させたアラヤ神社のお祭りだよ?皆で行くのは当然のことだろう?
ん~マイフレンド?」
「あ、あぁ…」
今日の冷え込み具合が少し気になる。今日、
淳は巫女装束で仕事していると言っていた。カバンの中に、淳に渡せたらと思って上着を詰め込んできていた。風邪を引いたりしないだろうか心配だ。
「なんだい、つれないねぇ…タッちゃん…」
栄吉が肩にもたれかかろうとするのをサっと交わす。よろけてこける栄吉を見てリサが上機嫌に笑った。
「ナイス情人!」
「おうっ!」
リサとハイタッチをする。
「ねーっ?まずは何して遊ぼうか!」
「射的だろ!射的ーっ!」
リサとようやく復活した栄吉が駆け出していく。 本当に仲がいいのか悪いのかよくわからない二人だった。呆れる達哉の横をコート姿の舞耶姉が歩く。
「ねぇ達哉クン?淳クン、何で忙しいのか知ってるの?」
「ん、ま、まぁ知ってるよ…」
ソレを聞いて安心したように舞耶姉が笑顔になる。
「なら良かった!ちょっと心配してたのよね!淳クンってホラ、すぐに無茶しちゃうところあるから!でも、  達哉クンが一緒なら平気ね!安心したらお腹減ってきちゃった!さぁ~フランクフルト食べるぞぉー!!」
舞耶姉はチョコチョコ走りながらフランクフルトの 屋台に突撃を開始した。
「っておい、皆で回るんじゃなかったのかよ!」
結局皆、てんでばらばらに行動を始める。達哉は一人になるとフッと笑う。好き勝手行動して、でも結局また知らないうちに皆で一緒になって…一緒に居ることが当たり前の家族みたいな関係。遠慮が無さ過ぎて気が楽なそんな関係。特に、今日みたいなお祭りの日くらい自由に息抜きがしたいのだ。
さて、と達哉も行動を起こす。淳との約束の品を 買いに行こう。まずは綿飴の屋台に向かう。途中通った射的の屋台から歓声が上がる。どうせ栄吉が自慢の腕を振るって好きな商品をかっさらっているのだろう。命中率は低いくせにダメージ量は多いから、屋台向けの落としにくい商品なんかもガンガン狙っていっているに違いない。
「おっ!タッちゃんどこいくんだよー!」
大きなクマのぬいぐるみを担ぎながら栄吉が近寄ってくる。
「おまえらが置いてったんじゃねーかよ…」
「んもー!情人ったら拗ねないでー!
どこいくつもりなの?」
リサがいつものように腕に絡み付いてくる。恥ずかしいから正直やめてほしい。巨大なクマのぬいぐるみを背負った青い髪の男がのしのしついてきて、腕に金髪の女の子をぶらさげているなんてどんな状況だ。
「…綿飴の屋台」
「おおー!やったー!綿飴食べたい!」
リサがうれしそうに声を上げる。こうやってバラバラに行動してもなんだかんだで自然に集まってきてしまうところも、実に皆らしいと達哉は思う。
綿飴の屋台につくと、達哉が3本注文する。もちろんおごるつもりは無い。隣ではもうリサと栄吉が財布を用意して待っている。
「あ、一本袋入りでお願いします」
天井に吊るされているビニール袋を見ると、どれもしらないキャラクターばかりだったから、とりあえず達哉が思うカワイイやつをチョイスする。
「しっかしタッちゃんが綿飴ねぇ~?甘いもの嫌いじゃなかったっけ?」
「…別にかまわんだろ?たまには…食べたくなることもあるんだ」
なんとなく淳のために買っていると言うのが照れくさくて言い出せない。どうせ二人の中をからかわれるだけだったから。
さっそく綿飴の屋台のおじさんが機械を回し、ザラメを入れる。無骨なエンジン音がなる中、すぐに白い繊細な糸が現れて、ぐるぐる機械の中を回りだす。
おじさんはそれを手際よく割り箸に絡めて行く。最初は小さい塊も、だんだんフワフワした大きな雲にかわっていく。いつ見てもワクワクする光景だった。
3人分を受け取ると、ちょっと屋台の近くで休憩する。リサと栄吉は綿飴にかぶりついている。
達哉はアニメキャラクターの描かれたピンクのビニール袋をしげしげ見つめる。さすがにこれは淳にはちょっと可愛すぎたかもしれない。また女の子扱いして!と怒られるかな?まぁそれはそれで美味しいからかまわないが…。なんて考えてニヤけていると、リサが興味深げに覗いてくる。
「なんで袋入りにしたの?」
「…おまえらに見られながら食べたくねーの」
「フッフッフ…からかったりしないって!照れちゃって!キュートなところもあるじゃないか!」
「ほらな、こうなるだろう?だからいやなんだっての!」
ニヤニヤ笑う栄吉の頭を小突いて歩き出す。
 なんて騒ぎながらふっと上を見上げる。綺麗に輝く月、きらめく星々。橙色光を放つの裸電球に照らされる紅葉した木々は赤々と燃えるようだった。
なのにうっすらと寒さを感じて、震えながら前を開けていたダウンジャケットのジッパーを上げる。淳は巫女装束で頑張っているはず…凍えていないか心配だった。
「…淳がいなくてさみしい?」
リサがふっと達哉を見る。ちょっぴり笑顔だった。
「まぁそんなとこだな」
達哉が笑うとリサはギュッと腕をつかんだ。嫉妬しているんだろう。
「だよなぁ~…やっぱり皆揃ってないとこう…盛り上がりがたりねーっていうか…」
栄吉がうんうん頷く。物静かな淳だけど、いるといないとじゃ大違いだった。なんというか…雰囲気がガラっと変わるのだ。賑やかなだけだったパーティーが…
とても和やかになる。
「にしても舞耶姉みつからねーなぁ」
栄吉がキョロキョロ辺りを見回す。
「食べ物の屋台に行けばあえるだろ、ほら…
あれじゃね?」
達哉が指差した先はリンゴ飴の屋台だった。屋台には大きなリンゴ飴や小さなリンゴ飴、みかんにぶどうにいちご…うっすらと透明な飴でコーティングされたそれは、橙色の裸電球で照らされてキラキラ宝石のように輝いていた。
で、その宝石を前にして目をキラキラさせながらよだれを垂らしていたのは舞耶姉だった。
「舞耶姉、もうデザート?」
横に並ぶと達哉は小さなリンゴ飴を注文する。
「うん!フランクフルトも、イカ焼きも、焼きそばも焼きとうもろこしも牛串焼きも食べたわ!もうさすがに満足してきちゃったからデザート選び中!」
さっきまであまり時間が経っていないはずなのに、その食欲。さすが舞耶姉だとしかいえない。
「あら、達哉クンもリンゴ飴?
甘いの苦手じゃなかったっけ?」
「…さっき栄吉にも言われた」
舞耶姉が優しく微笑んだ。
「あっわかった!淳クンにあげるんでしょ!」
達哉の顔がカッと赤くなると、舞耶姉はうれしそうにそうかそうかと頷きながら微笑んだ。
「…正解…内緒にしておいてくれよ…からかわれるの嫌だし…」
「うんうん!お姉さん口堅いから安心して!」
後ろから妙に圧迫感のある人物が近づいてくる。熊のぬいぐるみを背負った栄吉だ。
「親父さん!俺にもリンゴ飴ー!」
「私も私も~!」
リサと栄吉は小柄なリンゴ飴を買うと、うれしそうに舐めだした。
「親父さん!私そのおっきいのもらうわ!」
舞耶姉はとても口にくわえられそうに無い普通のリンゴを丸々使った飴を購入していた。みんなの目は丸くなる。
「わ、割り箸折れそう…」
リサが呟く。皆は心配になった。咥えれば顎が外れそうなそれはいったいどうやって食べるのだろうか?
皆の心配を他所に、パクパクと食べ進み、普通にペロリとリンゴ飴を片付けてしまった舞耶姉に皆は若干、ショックを受けながら、新しい屋台を求めて奥へと歩いていった。
皆で歩いていると、自然と他愛も無い話で盛り上がった。横一列で歩いていたのに、ふと列が乱れる。達哉が立ち止まったのだ。
「ごめん、先行っててくれよ、俺、買いたいものみつけた」
達哉は人ごみを軽くダッシュで抜けていく。見つけたお店はお面の屋台。ズラリとキャラクターのお面が
並んでいた。
達哉の目当ては戦隊モノのお面。歩いている時チラリと目に入って気になってしまったのだ。10年前と同じ配色でついついうれしくなってしまった。レッド、ブルー、イエロー、ピンク、ブラック…フェザーマンと同じ5色。もちろん今テレビでやっている戦隊モノなので、フェザーマンではないけれど。それぞれ動物モチーフのようだった。
「うひー!情人…よくこんな人ごみをスイスイと
いけるよ!」
「素早さじゃ負けないゾー!」
舞耶姉がすっかり人ごみに参っているリサの手を引いてやってくる。向こうの方では背の高い栄吉が熊のぬいぐるみが邪魔で四苦八苦している姿が見えた。
「もー、買いたいものってなによ!」
人ごみにもまれて髪の毛を整えながらリサがやってくる。達哉がゆっくりと振り返ると、その顔にはレッドのお面。クイッと額までお面を上げるとニっと笑った。
「懐かしいだろ」
リサと舞耶姉は頬を染めてしばらく見とれていたが、すぐにお面の屋台に飛びついた。女性二人がキャッキャやっていると、むこうからえっちらおっちら熊を抱えて栄吉がやってくる。
「ん?なんだ?…おお!タッちゃんそれ!」
栄吉が頬を赤らめて興奮する。
「うらやましいだろ?」
「お、おう!うらやましいよ!そこの屋台?」
栄吉もすぐに熊のぬいぐるみを背負ったまんま、屋台にダッシュした。
「わー!懐かしい!さすがにフェザーマンじゃないけど…うん!やっぱり私はピンクだよね!」
「フフフ…ボクはもちろんイエローをチョイス
するよ…!」
「よかったーまだブルー売ってた!…うーん…
でもブラックはないのね…」
チラっと舞耶姉が横目で見てくる。達哉はふっと笑って応える。実はブラックはもう達哉が購入済みだった。今は淳のコートを入れているバッグの中にしまってある。
それぞれ頭にお面をつけて、昔話が弾んだ。どれもこれも楽しい思い出。本当はその先に悲しい別れが待っているのに、皆それを忘れたように話す。でも、それは決してわざとなんかなじゃなくって、そんな悲しみが消し飛ぶほど、皆でいた時間が楽しくて仕方が無かったからだった。
「あー…淳も来ればよかったのに!」
リサが星空に手を伸ばして伸びをする。輝く星を見ると、皆で天体観測をした思い出が蘇る。だから、星を見上げると自然と淳を思い出すのだ。
「だよなー!5人揃わないとやっぱ寂しいぜ!ボクたちは5人で一つだからよ!」
栄吉が熊のぬいぐるみを背負いなおしながら笑う。
「うふふ!そうよね…」
5人が揃っていた時間だからこそ、楽しくて仕方が無かったのだから…誰か一人かけた思い出はそこにはない。達哉は淳がそれに早く気づいてくれないかなとふと思う。誰よりも愛されてるのは、実は心優しい淳だってこと。
「あ!舞耶ちゃん!アレ!お守りだって!恋愛成就あるかな!恋愛成就~!」
「んー?アラヤ神社にそれはないんじゃないかな~?」
リサが突然、舞耶姉の腕をとって駆け出した。
達哉は突然顎に手を当ててうんうん唸りだした。
「…お守り売り場…ん~なんか大切な用事があったような…って!おい!おい!リサ!リサもどってこい!」
達哉は額にダラダラ汗をかきながら駆け出す。ヤバイ!もし淳の巫女姿を見られたら、淳が変態扱いされてしまう!
楽しい思い出もあっという間に散っていくかもしれない。いや、でもあんなに似合うんだから思ったよりうまくいくかもしれない。いや、っていうかそういう場合じゃないだろう俺!とか目まぐるしく達哉の思考が回る。
「はぁ~皆お守り程度でそんなキャッキャ騒ぐことないじゃないか~!自分の運命は自分で切り開いてこそだよ?まだまだベイビィだねぇ!」
「違うんだ栄吉!あそこはヤバイんだ!」
「ヤバイって何いってんのー、そんな悪魔が襲ってくるわけじゃあるまいし…」
なんて併走する栄吉に説明しようと口を開こうとした時だった。
『えぇ~!?』
お守り売り場からリサと舞耶姉の絶叫が響いてきた。淳が見つかってしまったか…。達哉の走るスピードが自然と上がっていく。
「え、なに?マジで悪魔がいるとか?」
苦い顔をしながら達哉は猛スピードでお守り売り場に駆けつけた。淳との約束を一つ破ってしまった…。
「ちょっと…えぇ?淳?淳だよねぇ?」
白い小袖で顔を隠しながら、一生懸命、淳が言い訳をしている。
「ち、違います…人違いです…!」
その傍では舞耶姉がしゃがみこんで笑いを堪えてぷるぷるしている。小袖がそっと下ろされて、泣き出しそうな淳の黒い瞳が現れる。ふっと達哉と目が合った。
「もっもう!!達哉のばかぁ…!!なんで皆連れてきちゃうんだよぉ!」
涙目で訴える淳が可愛くて思わず赤面してしまう。その隣では顎の外れた栄吉がフリーズしていた。

 お守り売り場が結構盛況で、淳が忙しくなくなるまで隅っこで待つ4人。白い着物に緋袴で、可愛らしい笑顔で応対している淳。
その周りでは自治体のおじいさんおばあさん達、豪傑寺の小僧さん達が和やかに手伝っている。
「ご、ごめんね!お守りの売り上げをアラヤ神社の
整備に使うお金にするって説明したら、皆、結構買ってくれて忙しくなっちゃって…!」
ワタワタしながらも淳が説明してくれる。
達哉の隣でリサがホケーっとそれを見ていて、反対隣の舞耶姉はずっと噴出しそうなのを堪えている。
「わ、笑ったら淳くん傷ついちゃうよね!もう…似合いすぎて可愛くて…うふふふっ!」
リサの隣では、熊を下ろして呆然としている栄吉。
「タッちゃん…この事、知ってたのか?」
「ん…ま、まぁな」
「…その、何ていったらいいか…これでいいのか?」
「いや、いいだろ…」
艶やかな黒髪…清楚な白い着物、ゆれる緋袴、動くたび遠慮がちに覗く足袋と草鞋。そんな清純を表現するような巫女装束に身を包んで笑顔で頑張る淳。本当は寒いのにガマンして…本当にいじらしい。
こんなに美しい淳を前にして、何が悪いか逆に聞きたい。自然と鼻息が荒くなる達哉に栄吉はため息をついた。
「ま、まぁ…好きな子が巫女の格好してるってんなら
…わからんでもないがな…」
栄吉の頭の中ではきっと雅が巫女の格好をしているのだろう。淳のほうが似合うとフンと鼻を鳴らす。
「ちょっとー何その会話…」
しかし、このお守り売り場を包みこむ、和やかな雰囲気はさすが淳だと思う。忙しそうなのに、淳がテキパキ率先して動き、おじいさんおばあさん達に笑顔で指示している。見事なリーダーっぷりだった。
そして、そんな淳に対して皆は笑顔…。そんな和やかな様子を見て、お客さんも自然と笑顔になっている。淳の雰囲気は伝染するのだ。
「淳クンさすが、愛されてるわねぇ…」
舞耶姉がようやく笑いから解放されたらしくニコっと笑う。
「だよな、淳は愛されてる」
何で淳はそれに気づかないのか、達哉にはちょっと不満だった。ふと昔の淳を思い出したのだ。罪を背負って苦しんで、見てて痛々しいほどだった。今はよく幸せそうに淳は笑う。まるで小さかった頃みたいに。



淳のアラヤ神社復興計画は自治体のおじいさんおばあさんから支持されて、このお守り売り場は設置 された。皆、このお祭りの復活をこれきりにしたくないと思っているのが伝わってきた。淳が提案したことは、皆がすぐに形にしてくれた。
「淳ちゃんは本当に賢いねぇ!気に入ったよ!私の孫のお嫁に来ないかい?」
「えっ…その…僕…もう好きな人がいるので…」
「テレちゃって…かわいいねぇ淳ちゃんは!」
小僧さん達が冗談で淳ちゃんと呼ぶわ、巫女装束姿が定着してしまっているわで、すっかり淳は女の子だと思われていた。でも男なのに巫女装束を着ているというのもおかしな話だし、実は男だということは黙っていた。きっとそんなことをバラしてしまったら、おじいさんおばあさんが心臓麻痺を起こしてしまうだろうから。
それにしても皆の視線が気になる。達哉は達哉で熱い視線を送ってくるし、リサはほけーっとしてるし、栄吉は必死に何かと戦っているみたいだし、舞耶姉さんは…いつもの通り見守ってくれている。
「ふふっ…もうすぐ完売しちゃいそう!うれしいなぁ…
皆お祭りが好きなんだね!」
皆に向けて声をかけると、それぞれにうれしそうに笑った。和やかな空気が当たりに広がる。
「ねぇ?でもこのお守り、何の御利益があるの?」
リサが自分用に買ったお守りを目の前にぶら下げて見つめながら聞いてくる。
「アラヤ神社だもの、当然夢が叶うお守りだよ!」
「そっか…えへへ!」
リサはぶら下げたお守りを大事そうにカバンに結わえ付けた。
「あ、ならボクもほしいな。まだあるかい?
当然ガスチェンバーとして活動をバリバリできるように願をかけるよ!」
「うん、今ならまだいくつか!」
ジョーカーのときみたいに確実に願いをかなえたりすることはできないけど、皆に幸せになって欲しいという気持ちは淳の中で変わってはいない。
「淳ちゃん!もうお守りも最後だし、そろそろお祭りもおしまいの時間だよ!花火がはじまるからおしまいにしようか!」
自治体のおじさんが声をかけてくれた。
「あっはい!」
淳は笑顔で最後のお客さんにお守りを渡す。
「夢、きっと叶いますよ!」


「お疲れさん」
 スッと背後によく知った気配がした…肩に優しくコートがかけられると、淳はうれしそうに微笑む。
「あ、ありがとう…コート持ってきてくれたんだ…」
「一日中巫女服だっつーから心配してた。今日は寒いって言って他の誰だっけ?風邪ひくなよ…」
 そして、手に綿飴が渡された。
「わぁ!ありがとう!」
包んでいた袋を開けると、そっと口に含む。口に触れた瞬間甘い味と一緒に溶けていく。疲れた体に甘さがうれしい。いつもの皆が淳の周りに集まると、労ってくれた。
「皆のお陰で楽しいお祭りになったよ!」
淳がニコっと笑うと、心なしか皆うれしそうだった。
「お祭りの噂、流してよかったね!皆がニコニコしてるの見てるだけでうれしくなっちゃった!」
舞耶姉が優しく淳をギュっと抱きしめた。
「さすがねー淳クン…」
「え、えへへ…」
舞耶姉から解放されると、今度はリサが淳の手をギュッと握ってブンブン振った。
「お守りなんてナイスアイディア…って…わ!
淳の手冷たい!だめだよー…体冷やしちゃ…」
リサが冷え切った淳の手を取ると、ストーブの前  までつれてくると手を揉んでくれた。
「ほら、コレであったかいだろ!」
栄吉が淳の背中に大きな熊のぬいぐるみを置く。
「あ、あったかいね…でも…ちょっと重たい…」
「それって自分が持つのめんどくさいから淳に押し付けてるんじゃないのぉ?」
リサが栄吉に突っかかりだす。
「違うよ!これは淳に温もりをギブするためさ!」
淳の頭上で火花が散った。
「あはは!今日はお祭りなんだから…今日くらい   ケンカやめようよ…ほら、ミッシェルわかってるから!君の気持ち!リサの気持ちもよくわかってるよ」
淳は皆に囲まれて笑った。体がぬくもった頃、立ち上がろうとすると、達哉の手がポンっと頭に置かれる。頭の上に何かを乗せられた。
「ほら、これはプレゼント」
「わ、わぁ!ありがと…」
そっと手に取ると、それは戦隊モノのブラックのお面だった。懐かしくて思わず笑みがこぼれる。
「ほら、皆お揃いだぞ!」
舞耶姉さんがお面を被ってみせる。達哉も額に上げていたお面をすっと被る。リサと栄吉も…。そして、淳も…。懐かしい狭い視界の向こうに見えるのは、皆大きくなっちゃったけど、懐かしい光景…。
「…わぁ…仮面党だ…」
淳が本当に欲しかった仮面党の絆。温かい仲間…。お面の奥、淳の頬を涙が伝う。皆は照れくさそうに笑うと、お面を外したが、淳は涙を見られたくなくてつけっぱなしだった。
「うふふ…うれしいんだけど20代でちょっとこれは恥ずかしいかな?」
舞耶姉さんがスッとお面を上にのけて照れくさそうに微笑んだ。
「でも、たまに5人の時だけなら、着けてみるのもいいかもな…」
栄吉が鼻を啜りながらイエローのお面を見る。
「いろいろあったけど、思い出すのっていつも楽しい思い出ばかりだよね!」
リサもうれしそうにピンクのお面を裸電球の光にかざした。
「…だってよ!淳」
達哉がスッと凄く近くまで来ると、お面を上げた。そして、じっとお面を被った淳を見つめる。
「お、なんだよ…泣いてんのか?」
達哉の大きくて温かい手が、淳の頭を撫で回す。わざとお面をはずそうとしない達哉の優しさにたまらず淳はしゃくりあげて泣き出してしまった。もう泣いてるの…バレてもいいや…。
「…うぅ…ひっ…みんな…みんなぁ…!」
きっと、皆は淳の中がどれだけ多くの罪で染まって真っ黒になっているかなんて知らないだろう。仮面党さえつくらなければと後悔したこともあった。異常な行動をとって迷惑をかけたこともあった。でも、皆は笑顔で淳を見守ってくれている。

ここは全ての始まり、アラヤ神社の境内…。

そっと達哉の手でブラックのお面が外される。狭い視界がクリアーになり、皆の笑顔も、達哉の優しい瞳も、はっきりと見えた。とろけちゃいそうなほど、優しい微笑みの達哉。
「仲間だもんな、俺たち」

 そして、そっと耳元で囁かれる。
「…で、俺たちは恋人同士だしな?」
「…も、もう…皆見てるよ…」

頭上では珠間留市の皆を祝福する花火が上がる。どんなつらい未来が待っていたとしても、お祭りの今夜だけは楽しもう。そして、皆でそんな未来なんて乗り越える力を養おう。楽しい思い出が力になるから。

花火を見て、皆が歓声を上げている。花火に夢中になって、誰も見ていないのを確認すると、達哉が淳に耳打ちをする。

「な、帰ったら…その…いいだろ?」
そっと淳の腰に手が回される。
「…!」

花火に照らされながら、ちょっと強引にキスをされてしまった。

「しょ、しょうがないな…今日は…お祭りだもんね…」


―君が連れてきた光は、罪で暗く沈んだ心に強く差し込んで、優しく包み込んでくれた…
それは、僕の罪をも浄化する…
まるで聖なる光、ハマオンみたい!    
END

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大幸妄太郎

Author:大幸妄太郎
ペル2(達淳)・ドリフターズ(とよいち)に
メロメロ多幸症の妄太郎です。女装・SMが好き。
ハッピーエンド主義者。
サークル名:ニューロフォリア
通販ページ:http://www.chalema.com/book/newrophoria/
メール:mohtaro_2ew6phoria★hotmail.co.jp
(★を@にかえてください!)

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